昨年は大阪で日本国際博覧会(大阪・関西万博)が開催され大いに賑わいました。1970 年にも大阪でアジア初の万博が吹田市で行われ、その跡地は現在、万博記念公園となっています。当時の万博のシンボルであった「太陽の塔」をテレビ番組などで見た人は多いのではないでしょうか。「太陽の塔」は芸術家の岡本太郎によって制作されましたが、その太郎の母親が岡本かの子(1889–1939)です。
岡本かの子は明治時代後期から昭和時代にかけての歌人、小説家、そして仏教研究家です。かの子は与謝野晶子のもと短歌を学び、その後多くの小説を発表します。精力的な作家活動の裏で結婚生活に悩み、夫婦で宗教に救いを求めます。その結果、大乗仏教にたどり着きます。大乗仏教を学んだ後、仏教に関した随筆やコラムを書き、作家活動を続けながら仏教に関する講演なども行っていきます。標題の「仏教は古いどころか常に新鮮である」という言葉は1932年の「仏教の新研究」と題したラジオ放送の講話で発せられました。
かの子は、仏教について「無限を基礎とする智慧であり、科学であり、芸術なのです」と語っています。かの子によると、仏教が古くなるのは時代の変化に布教の方法が追いつかなくなるからで、仏教はいつの時代でも教えを聞く人を感激させ「生命の糧」になるとされています。かの子は布教の方法については言及していませんが、自身の文学的背景をもとに仏教の芸術的局面に着目し、仏教の「智慧」は文学や絵画彫刻の美を通して開発されると説きます。仏教の経典や論書は大昔に書かれましたが、仏教が教える人間の本質は、今日まで創作され続ける文学や芸術作品からも明らかになります。そのことを、かの子は「仏教は古いどころか常に新鮮である」という言葉で伝えたかったのでしょう。よって、小説の読者や芸術作品の鑑賞者は、美的表現を味わうだけでなく、「物事の組織や性質を知る」(「智」)ことに加え、「もっと物事の深い根本に逢ってそのものの存在する意義を探る」(「慧」)ことを、かの子はすすめています。
人間は関係性のなかで生きていることを説く仏教は、決して過去の遺物ではありません。漫画や現代アートあるいはポピュラー音楽を介して、私たちは人間の苦悩に目を向けることができます。仏教はそうした苦しみを受け止め超えていく道を明らかにします。