「習をはなれて習にたがはず、何事もするわざ自由也。」
柳生宗矩(『兵法家伝書 付・新陰流兵法目録事』岩波文庫 30頁)

習をはなれて習にたがはず、何事もするわざ自由也。

 江戸時代初期の剣術家で、幕府の行政官僚をも務めた柳生宗矩(やぎゅうむねのり)(1571–1646)が、家伝(かでん)の新陰流兵法(しんかげりゅうへいほう)(剣術)の技法と理論を体系化し、寛永9年(1632)にまとめたものが『兵法家伝書』です。標記のことばは、新陰流の具体的な技法と理論に先立つ総論に当たる部分に記されています。教えられた形から離れていながらも、あらゆる技を、流儀の理法と矛盾することなく自由自在に使うことができる境地——剣術で目指される究極的な境地——を表していることばです。そうした境地を目指すのは、勝ちを得るためではありません。『兵法家伝書』に先立ってまとめられた『新陰流兵法心持(こころもち)』に「当流は、勝(かつ)べき習(ならい)をよくきわめ勝べきにあらず。まけあたらざる所をもとゝ仕也(つかまつるなり)」と、新陰流兵法の本質は「負けない」ところにあると述べられています。

 さて宗矩は、標記のことばの後に「是が諸道の極意向上也(ごくいこうじょうなり)」と述べています。つまり、標記のことばで表されている境地とそこに到る学びの道程は、兵法だけでなく芸能や学問など、あらゆる学びとも共通する極意であると言うのです。

 彼は、学びの目的を「よろづの道を学ぶは、胸にある物をはらひつくさむ為」すなわち、心にある不審や疑問を徹底的に取り除くこと、換言すれば、心の自由を得ることにあると述べます。そうなることにより、万事うまくゆくようになると言うのです。

 何かの技法を会得しようと学べば学ぶほど、学び得られたものによって不審や疑問が湧いてきて、それに心がとらわれ、目指すべき自由とは逆の不自由な状態へと陥って行きます。ではどうすればいいのでしょうか。宗矩によれば、学び得られたものを「さりきれば」、つまり捨て去れば、不審や疑問も消え、学んだ技法を無意識のうちに使うことができるというのです。

 学び得られたものを捨てるのであれば、そもそも学ぶ必要などあるのでしょうか。宗矩の息子・十兵衛三厳(みつよし)(1607–1650)は、その印可(いんか)申請論文というべき『月(つき)の抄(しょう)』に、父・宗矩のことばを数多く引用しています。その中に「習はいづれも非なり。あしし口なり。あしきと知りながら、高(たかみ)に望(のぞむ)たよりは、あしし口なり。習也。捨て捨てられぬ習也」とのことばが見られます。学ぶということは、否定すべきことで、悪い方法だが、高みに至るための道標(みちしるべ)は、この悪い方法である学びしかない。つまり、学び得たものを捨て去るには、学ぶ以外にないと言うのです。

 では、学び得られたものをいつ捨て去るべきなのでしょうか。少し学んだだけでも、不審や疑問が芽生えたら、そうするべきなのでしょうか。宗矩は、標記のことばに至るまでに、「ならひつくす」という言葉を多用しています。学び尽くした果てにこそ、捨てる機会が訪れると言うわけです。

 そもそも、捨てられるものがなければ、捨てることはできません。学びの蓄積がなければ、さらに高い段階へと向かうために、不審や疑問を抱き、否定し捨てることもできません。わたしたちは、今、学びの過程の中で、将来捨て去られる運命にあるものを蓄積していると言えるでしょう。そして、不審や疑問を解決しようと格闘し尽くしたならば、それまでに学び得たものは、たとえ捨てられたとしても、芯となって私たちの内に残るでしょう。そうした時にこそ、新たな学びの世界が広がって来るのかも知れません。その意味で言えば、将来役に立たない、あるいはいらないと思えることでも、今、どん欲に学んでおく必要があるのではないでしょうか。

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