愛して而(しか)も其の悪を知り、憎みて而も其の善を知る。

『礼記』曲礼(『十三経注疏』藝文印書館 12頁)

  礼儀作法という言葉を聞いただけで「ちょっと窮屈だなぁ」というイメージを抱きますが、その一方で、きちんと挨拶ができる礼儀正しい人と接するのは、とても心地良いものです。いったい礼儀とは何なのでしょうか?

  実は、普段私たちが知っている礼儀作法は、古代中国の儒家思想から大きな影響を受けています。『礼記(らいき)』は儒家思想の重要な書物の一つで、特に曲礼(きょくらい)篇は、ちょっとした所作から日頃の心掛けまで、幅広く「礼」について解説している部分です。例えば曲礼篇には、「屨(くつ)を践(ふ)む毋(な)かれ、席を踖(ふ)む毋かれ(よそのお宅へ入る時には他人の履き物を踏んではいけない、部屋に入ったら座布団を踏んで跨(また)いではいけない)」のように、現在の日本でも実践されている作法について述べた箇所がありますし、また、「君子に侍坐(じざ)するときは、君子欠伸(あくび)し、杖屨(つえくつ)を撰(せん)し、日の蚤莫(そうぼ)を視れば、侍坐する者は出(いで)んことを請(こ)う(人と会う際に、相手があくびをしたり、杖や靴を動かしたり、時間を気にしている様子なら、これ以上相手を退屈させないよう帰りましょう)」のように、人間関係を円滑に保つために行うべき気遣いを教えている箇所もあります。逆にいえば、このような人がいたからこそ、この曲礼篇は出来たのでしょう。なんだか現代の社会とも通じていて微笑ましく、急に古代中国の人々に親近感が湧いてきます。

 冒頭のことばは、礼儀を知る賢明な人について述べた文章です。この文章の前には「賢者は狎(な)れて而(しか)も之(これ)を敬し、畏(おそ)れて而も之を愛す(賢明な人は親しい相手にも敬意を持ち、畏れ多い相手にも敬愛する気持ちを抱く)」とあり、その後に標題のことばが続いています。どんなに敬愛する相手にも短所はあるし、どんなに憎悪する相手にも長所はある、というこのことばは、相手との心理的距離を適度に保てる力を賢明な人は備えていると述べています。また、『礼記』の中には別に中庸篇もあり、何事もほどほどが大切だ、と述べ、そこでも極端に走らないよう冷静に判断することの重要性を説いています。


  ところで、イギリスのバンドQueenに“Too Much Love Will Kill You”という曲があります。重く哀しい歌詞であり、激しい愛に溺れて苦しむのもまた人間なのだと分かります。『礼記』を読みながらQueenの曲を聴いていると、やっぱり私たちの心の中はなかなか複雑だなぁ、と思い知るのです。

 

 


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