だが、人間ってやつ、負けるようにはできちゃいない

アーネスト・ヘミングウェイ(『老人と海』新潮文庫 109頁)

 『老人と海』は、アーネスト・ヘミングウェイ(1899-1961)の晩年の代表作です。この小説は雑誌『ライフ』の1952年9月1日号に一括掲載という形で発表されました。同誌は48時間で530万部以上という驚異的な売り上げを記録します。そして9月8日には単行本が出版され、その後6か月間ベストセラーのリストに載り続けました。翌1953年、ヘミングウェイは同作でピュリッツァー賞を受賞し、さらに1954年にはノーベル文学賞を受賞しました。

  物語の主人公は、サンチアゴという名のキューバの老漁師で、84日間一匹も釣れない日が続いていました。85日目の未明、彼を慕う少年マノーリンに見送られて沖へ出ると、大きなカジキが仕掛けに食らいつきます。そして3日間の格闘の末、ようやくカジキを釣り上げます。サンチアゴはカジキを船に括り付けて港に向かいますが、血の匂いを嗅ぎつけたサメが襲ってきます。彼はサメを撃退しようと奮闘しますが、次々と襲ってくるサメになすすべはなく、カジキはほとんどの肉を食べられてしまいます。

 カジキに食らいついた一匹目のサメを銛で殺した後、主人公は標題のことばを発します。しかし一匹撃退に成功したところで、それで済まないことは彼には分かっていました。今回の漁も釣果はなく、漁師として「勝利」を得られないことは、この時点で明らかでした。弱気な思いも頭をよぎります。それでも彼は「あれこれ考えるなよ、じいさん」と自分に言い聞かせ、闘い続けます。


  老人はなぜ勝てないことが分かっているのに闘い続けたのでしょうか。標題のことばに続けて、彼は「叩きつぶされることはあっても、負けやせん」と言います。その部分の原文は、“A man can be destroyed but not defeated”です。訳し方はいろいろあるでしょうが、何があっても相手の勝ちを認めない、たとえ殺されても、負けを認めない限り負けたことにはならないという、老人の「意地」がそこには込められているように感じます。


 サンチアゴは皆が寝静まっている夜中に港にたどり着きます。翌朝、船に括り付けられた、骨だけになったカジキを見て、村の人々は何が起こったかを悟り、心を動かされます。マノーリンは寝ている老人の傷ついた手を見て泣き出します。サンチアゴは誰も見ていないところで、一人で勝ち目のない闘いを続けました。彼のこうした姿勢は、海を単なる仕事場とみなし、漁は仕事と割り切った態度とは全く違います。村の人々は、要領よく仕事をこなすことよりはるかに尊いものがあることを感じ取ったのではないでしょうか。老人の闘いは、自然の掟の中に身を置いた、一人の人間としての尊厳を示すものとして描かれたのだと思います。

 


 

 


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