憎しみは、誰かが歯を食いしばって断ち切らなくちゃだめなんです!…私たちは憎しみではなく愛で戦いましょう。

栗山緑脚本『ハートキャッチプリキュア!』第 48 話

 2010 年から 2011 年にかけてテレビで放映された『ハートキャッチプリキュア!』は、大人気アニメ『プリキュア』シリーズの第 7 作目です。上記の対話は、キュアムーンライトが彼女の父を殺した最大のライバルと戦う最終局面のものです。憎悪をたぎらせて相手に向かっていくキュアムーンライトの腕を、三歳年下の主人公キュアブロッサムが突然つかみます。「離しなさい」と凄むキュアムーンライトを固く拒み、彼女が涙ながらに訴えたのが「憎しみは、誰かが歯を食いしばって断ち切らなくちゃだめなんです!」ということばでした。「でも私はあいつが憎い」と納得しないキュアムーンライトに、いつもは大人しいキュアブロッサムが声を荒げて「月影ゆり!」と本名で呼びます。ややあって、キュアムーンライトは「私たちは憎しみではなく愛で戦いましょう」と返しました。

 さて、「歯を食いしばって憎しみを断ち切れ」とは、親を殺された理不尽な苦しみ、不正に耐えろという意味ではないでしょう。もしそうなら、この言葉は苦しむキュアムーンライトの心をさらに追い込む残酷なものになりかねません。また、『プリキュア』はバトルアニメなので、「憎しみではなく愛で戦う」といっても、やはりそれは「力を振るう戦い(バトル)」です。だとしたら、私たちは二人の対話をどのように読むことができるでしょうか。

 誰かから「不正」をこうむった時に「その〈相手=あいつ〉にやり返さないと気がすまない」よう私たちを駆り立てる感情、それは「憎しみ」と呼べるでしょう。しかし、プリキュアたちの戦いは、そんな「憎しみ」のためではなく、不正を行い悪に染まった相手の心を「癒す(キュア)」ためになされます。プリキュアたちが「力を振るう」のはそのためです。ここにあるのは「あいつへの憎しみ」ではなく「不正への怒り」です。この意味で、「愛で戦う」とは「敵への憎しみではなく不正への怒りで戦う」ことです。標題のことばは、キュアムーンライトに戦いの意味を思い出させようとするキュアブロッサムと、我に返ったキュアムーンライトの応答だと読めます。

 ただし、「不正」に対して戦うのだと言いましたが、私たちはごく自然に自分を正義の側に、相手を不正の側に位置づけてしまいます。このことを見直す時、標題のことばが立ち上がってこないでしょうか。「愛で戦う」とは、自分も間違っているかもしれないことを忘れず、正義に酔わず、憎しみと怒りをできるだけより分け、相手の人格ではなく「不正」そのものに抵抗することです。それゆえ、この戦いは自身の内なる「不正」にもつねに自覚的であるという、「歯を食いしばる」必要のある極めて大切な作業を意味しているのです。

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