「芸術は教育の基礎たるべし」
ハーバート・リード(『芸術による教育』美術出版社 1頁)

芸術は教育の基礎たるべし

 ハーバート・リード(Herbert Read, 1893-1968) は、英国出身の文学・美術批評家です。美学・美術史研究やシュルレアリスム研究、同時代の美術批評のみならず、芸術教育研究にも熱心で、リードの主著『芸術による教育(Education through Art)』(1943)は、日本の戦後の美術教育にも大きな影響を及ぼしました。標題の「芸術は教育の基礎たるべし」は、その著作の主軸をなすテーゼです。

 リードの芸術教育論の特徴は主に三つあります。まず「教育の目的」です。リードは「教育の目的は、個人の独自性と同時に、社会的意識もしくは相互依存を発達させること」と言います。つまり個性と社会性の調和です。そしてその調和のために必要なのが、創造性の基礎となる芸術教育だと主張しました。

 次に「被教育者の創造性」の捉え方です。リードは“児童芸術家説”を唱えました。リードは「われわれは、あらゆる子どもの中にある種の芸術家肌を認めており、正常な創造的活動の奨励は、完全で均衡のとれた人格の発達に不可欠のものの一つである。」と言います。彼の主著が『芸術の教育(Art Education)』ではなく『芸術による教育(Education through Art)』と題されているのは、芸術を人格形成の手段と考えたからです。
 
そして「多面的な美的教育」の提案です。リードはその一例として、① 感覚教育(眼)、②造形教育(触感)、③音感教育(耳)、④運動教育(身体)、⑤言語教育(言葉)、⑥構成教育(思考)の類型化を試み、五感や身体感覚を使った活動を軸とする教育を提案しました。リードはこのような教育で一人一人に的確な芸術体験を促し、個性と社会性の均衡のとれた発達が可能になると考えたのです。

 このようなリードの芸術教育論は、今なお意義があると思います。例えばリードは、「⑤言語教育(言葉)」の例として文学や演劇をあげています。現代社会ではインターネットを中心にフェイク・ニュースが世界的問題になる等、真実を伝えるはずの言葉が大きな混乱状況にあります。また、格差社会や労働者への搾取強化、基本的人権の尊重が踏みにじられる等の支配構造の問題もあります。そういう中で正常な判断ができずに、疎外感をもち孤立する現象や、逆に特定の集団に隷属し自己を見失うなどの不調和が生じているように思います。そしてこのような問題に対処する教育として、例えば言語技術教育やメディアリテラシー教育等が推進されています。しかしこれらの問題は、そのような言語教育だけで解決することは困難です。豊かな文学・演劇教育によってイマジネーションの世界に仕掛けられた真理や普遍性を知ることにより、不安定な現代社会に惑わされず、そこで正しい均衡をたもち、適切な判断や行動を促す準備ができるのではないでしょうか。リードが掲げた「芸術は教育の基礎たるべし」という言葉は、混沌とした現代の社会においてこそ意味のあるテーゼだと言えるでしょう。

関連記事