人民には力がある
夢見る力、ルールを定める力
愚か者たちからこの世を奪還する力

パティ・スミス(『パティ・スミス 完全版』河出書房新社 136頁)

 「パンク・ロックの女王」と称されたパティ・スミスは、1946年12月30日、アメリカのイリノイ州シカゴに生まれました。ニューヨークで音楽活動を開始し、これまでに11枚のオリジナルアルバムを発表しています。2007年には「ロックの殿堂」入りを果たし、現在も精力的に活動を続けています。2016年には、ノーベル文学賞を受賞したボブ・ディランに代わって授賞式に出席し、ディランの「はげしい雨が降る」という歌を披露しました。

  1980年、彼女はギタリストのフレッド・“ソニック”・スミスと結婚して家庭生活に入ります。その後しばらく音楽活動から離れていましたが、1988年に5枚目のアルバム『ドリーム・オブ・ライフ』を発表します。標題のことばは、このアルバムの1曲目「ピープル・ハブ・ザ・パワー」の一節です。この曲は、2000年のアメリカ大統領選では緑の党のラルフ・ネーダーの、2004年には民主党のジョン・ケリーの応援歌として歌われました。

 彼女がこの曲を書き始めたのは、「人民には力がある。そのことを書けよ」という夫からのことばがきっかけでした。その時のことを彼女は次のように記しています。「鍋やフライパンとの格闘を終えると、わたしは詩を書く準備を整えた。それからの数週間は、ジェシー・ジャクソン牧師の演説を聞いたり、妹のリンダとともに聖書の言葉に目を通すことに費やした。アフガニスタンの羊飼いたちの夢や、休戦を求めるロシアの侵入者たちや、神の御業の下で安らかに眠る者たちにまつわる言葉を織り上げ、わたしは詩を書き終えた。」


 なぜここで「アフガニスタンの羊飼い」や「ロシアの侵入者」が触れられているのでしょうか。冷戦下にあったこの当時、ソヴィエト連邦がアフガニスタンに軍事介入して紛争が起きていました。この歌には「アフガニスタン」や「ロシア」ということばは直接出てきませんが、「羊飼いたちも、兵士たちも/星の下に横たわり/お互いの夢を語り合い/武器を下に置く/塵に化してしまうようにと」という歌詞があります。つまりアフガニスタン紛争が終わって平和が訪れることへの願いが歌われているのです。そして標題のことばには、それを実現できる力を人間は備えているという信念が表明されています。


 1982年11月29日の国連総会で、ソヴィエトはアフガニスタンから撤退すべきだとする決議がなされ、1989年2月にソ連軍は撤退します。1991年ソヴィエト連邦は崩壊し、冷戦は終了しますが、アフガニスタンに平和が訪れることはなく、不安定な状況が続いています。そしてロシアによる新たな軍事侵攻がウクライナの人々を苦しめています。しかしウクライナの人々の屈しない姿は、人間の持つ力を信じたいという希望を世界に与えていると思います。

 

 

 


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