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きょうのことば

きょうのことば

2017年 04月 「自由な学芸」とは、それ自身のうちに目的をふくむような人間活動です。 ヨゼフ・ピーパー(『余暇と祝祭』講談社 53頁)
03月 もしあなたが詩人であれば、あなたは何か美しいことをしなくちゃならない。それを書き終えた時点で、あなたは何か美しいものを残していかなくちゃならない。 J.D.サリンジャー(『フラニーとズーイ』新潮文庫 36頁)
02月 人間は政治的動物であるだけではない。人間は何よりまず個人である。 フォン・ベルタランフィ(『一般システム理論』みすず書房 49頁)
01月 一切の生きとし生けるものは、幸せであれ。 『スッタニパータ』(『ブッダのことば スッタニパータ』岩波文庫 37頁)
2016年 12月 私の歩み続ける世界のうちで、私は倦むことなく自己を創造していく。 フランツ・ファノン(『黒い皮膚・白い仮面』 みすず書房 247頁)
11月 悲願の一乗帰命せよ 親鸞「浄土和讃」(『真宗聖典』485頁)
10月 学問と云えば、日用を離れたる別天地の事とするは実学の認可せざる所なり。 清沢満之「ソクラテスに就きて」(『清沢満之全集』第七巻 岩波書店 268頁)
09月 犀の角のようにただ独り歩め。 『スッタニパータ』(『ブッダのことば スッタニパータ』岩波文庫 17頁)
08月 私たちは生き残らなければならない。その生存の義務は、私たち自身のためだけのものではない。 カール・セーガン(『COSMOS』下巻 朝日選書 332頁)
07月 火は薪ではない。火は薪とは異なる別のところに有るのでもない。 龍樹『中論』(『中論』(中)第三文明社 329頁)
06月 如来の上に立脚地を有す 清沢満之「清澤先生言行録」(『清澤全集』第三巻 無我山房 584頁)
05月 濁世の起悪造罪は 暴風駛雨にことならず 諸仏これらをあわれみて すすめて浄土に帰せしめり 親鸞「高僧和讃」(『真宗聖典』 494頁)
04月 まず何よりも肝心なのは、思いきってやり始めることである。 カール・ヒルティ(『幸福論』第一部 岩波文庫 24頁)
03月 経験の結晶が始まった瞬間からその人の道が決まってくる 森 有正(『思索と経験をめぐって』講談社 209頁)
02月 静けさは、西洋においても東洋においても、人格の形成にとってなくてはならないものです。 イヴァン・イリイチ(『生きる思想—反=教育/技術/生命』藤原書店 53頁)
01月 すべての人間は、生まれつき、知ることを欲する。 アリストテレス(『形而上学』岩波文庫 21頁)
2015年 12月 自分でやること、人にやってもらうのではない。そこにはよろこびのいちばん深い意味がある。 アラン(『幸福論』、岩波文庫 159頁)
11月 無明長夜(むみょうじょうや)の燈炬(とうこ)なり 智眼(ちげん)くらしとかなしむな 親鸞「正像末和讃」(『真宗聖典』503頁)
10月 我他力の救済を念するときは、我が世に処するの道開け、我他力の救済を忘るゝときは、我が世に処するの道閉つ 清沢満之「〔他力の救済〕」(『清沢満之全集』第六巻、329頁)
09月 三界に於(おい)て心より他に恐るべき物はない。 シャーンティデーヴァ『入菩薩行論』(『悟りへの道』平楽寺書店 48頁)
08月 ひとりひとりの死がないということが、私にはおそろしいのだ。 石原吉郎(『石原吉郎全集』II 花神社 11頁)
07月 これを知る者はこれを好む者に如(し)かず。これを好む者はこれを楽しむ者に如(し)かず。 孔子(『論語』岩波文庫 117-118頁)
06月 宗教は死生の問題に就いて安心立命せしむるもの也。 (『清沢満之全集』第八巻 111頁)
05月 仏教は人間探究の教えである。 『仏教学序説』 27頁
04月 幸福の秘訣は、こういうことだ。あなたの興味をできるかぎり幅広くせよ。 『ラッセル 幸福論』 岩波文庫 172頁
03月 大きな壁にぶつかったときに、大切なことはただ一つ。壁の前でちゃんとウロウロしていること。 玄田有史(『希望のつくり方』 岩波新書 200頁)
02月 生きながら死人となりてなりはてて 思いのままにするわざぞよき 至道無難「即心記」(『至道無難禅師集』 春秋社 31頁)
01月 よきことをしたるが、わろきことあり。わろき事をしたるが、よき事あり。 『蓮如上人御一代記聞書』(『真宗聖典』 889頁)
2014年 12月 自分自身にこだわるのだ。ゆめゆめ模倣などしてはならない。 ラルフ・ウォルドー・エマソン(『自己信頼』 海と月社 88頁)
11月 摂取不捨の真言、超世希有の正法、聞思して遅慮することなかれ。 親鸞『教行信証』「総序」(『真宗聖典』150頁)
10月 仏教は生きものである 鈴木大拙(『禅に生きる 鈴木大拙コレクション』ちくま学芸文庫 233頁)
09月 病の恐れは生きものにおしなべてあるのか アシュヴァゴーシャ(『ブッダチャリタ』原始仏典 第10巻 講談社 31頁)
08月 快楽、娯楽、気晴らし、五官や虚栄心の充足は、歓びではない。 シモーヌ・ヴェイユ(『ヴェイユの言葉』、みすず書房34頁)
07月 私は私の苦悩にふさわしくなくなるということだけを恐れた V. E. フランクル(『夜と霧』みすず書房 167頁)
06月 仏者は同時に二種の世界に住する者たるを要す 清沢満之「仏教者盍自重乎」(『清沢満之全集』第七巻 岩波書店 140頁)
05月 そのかごを水につけよ 『蓮如上人御一代記聞書』(『真宗聖典』871頁)
04月 無一物の師、無邪気の弟子 清沢満之「ソクラテスに就きて」(『清沢満之全集』第七巻267頁)
03月 二度とない人生だから つゆぐさのつゆにも めぐりあいのふしぎを思い 足をとどめてみつめてゆこう 坂村真民「二度とない人生だから」(『自選 坂村真民詩集』大東出版社 194頁)
02月 欲望が満たされると楽となるが、欲望がなければそれ以上に楽である。 龍樹『宝行王正論』(『大乗仏典14—龍樹論集』中公文庫 274頁)
01月 内なる生命の脈動は死に至るまで清新さを失わない。 シュライエルマッハー(『独白』岩波文庫 139頁)
2013年 12月 何の笑いぞ 何の喜びぞ 常に燃えつつあるに 汝らは暗黒に覆われて 燈明を求めざるや 『ダンマパダ』(『ブッダの詩 I』原始仏典 第七巻 講談社 32頁)
11月 弥陀観音大勢至 大願のふねに乗じてぞ 生死のうみにうかみつつ 有情をよぼうてのせたまう 親鸞『正像末和讃』(『真宗聖典』505頁)
10月 独り宗教の学校は、パンのために悩まされざる底の修養を得せしめんために建設す。 『清沢先生言行録』(『清澤満之全集』第八巻 法藏館 492頁)
09月 あらゆる人々は、ひたすら、死に向かって進んでいる。 『スッタニパータ』(『ブッダの詩I』原始仏典 第七巻 講談社 225頁)
08月 なぜ人間は、自分たちの幸福を確保するためよりも、
自分たちを害ねるために、より多くの知恵を働かせるのでしょう。
エラスムス(『平和の訴え』岩波文庫 81頁)
07月 あなたの職務は行為そのものにある。決してその結果にはない。 『バガヴァッド・ギーター』(『バガヴァッド・ギーター』岩波文庫 39頁)
06月 善悪の字しりがおは おおそらごとのかたちなり 親鸞「正像末和讃」(『真宗聖典』511頁)
05月 和らかなるをもって貴しとし、忤うること無きを宗とせよ。 聖徳太子『十七条憲法』(『真宗聖典』963頁)
04月 すべて真の生とは出合いである。 マルティン・ブーバー『我と汝』(『我と汝・対話』岩波文庫 19頁)
03月 外儀は仏教のすがたにて 内心外道を帰敬せり 親鸞『正像末和讃』 (『真宗聖典』509頁)
02月 無一物となった者は、苦悩に追われることがない。 『ダンマパダ』(『ブッダの真理のことば・感興のことば』岩波文庫41頁)
01月 大悲倦きことなくして常に我が身を照らしたまう。 源信『往生要集』(『真宗聖教全書』一 809頁)
2012年 12月 美しい服を着ている人が、鏡をのぞきこんで服に見とれるとき、その美しい服は、虫や蛇に変身してしまう。 ヴィトゲンシュタイン(『反哲学的断章』青土社 63頁)
11月 功徳の宝海みちみちて 煩悩の濁水へだてなし 親鸞『高僧和讃』(『真宗聖典』490頁)
10月 美なくしては、人間の生全体が不毛であろうし、どのような偉大さも時の移り変わりに耐えることはできないだろう。 ハンナ・アーレント「文化の危機」(『過去と未来の間』みすず書房 295頁)
09月 もろもろの衆生において、視わすこと自己のごとし。 『仏説無量寿経』(『真宗聖典』6頁)
08月 無知を信奉する者は、漆黒の闇に陥る。 『ブリハッド・アーラニヤカ・ウパニシャッド』(『ウパニシャッド』講談社学術文庫168頁)
07月 不死の境地を見ないで百年生きるよりも、不死の境地を見て一日生きることのほうがすぐれている。 『ダンマパダ』(『ブッダの真理のことば・感興のことば』岩波文庫 26頁)
06月 難思の弘誓は難度海を度する大船 親鸞『教行信証』総序(『真宗聖典』149頁)
05月 愚者になりて往生す 『末燈鈔』(『真宗聖典』603頁)
04月 あたかも一万年も生きるかのように行動するな。生きているうちに、許されている間に、善き人たれ。 マルクス・アウレーリウス(『自省録』岩波文庫 48頁)
03月 心得たと思うは、心得ぬなり。心得ぬと思うは、こころえたるなり。 『蓮如上人御一代記聞書』(『真宗聖典』894頁)
02月 分別もまた空なり。 『維摩詰所説経(ゆいまきつしょせつきょう)』「問疾品」(『新国訳大蔵経』文殊経典部2 大蔵出版 80頁)
01月 自己こそ自分の主(あるじ)である。 『ダンマパダ』(『ブッダの真理のことば・感興のことば』岩波文庫32頁)
2011年 12月 是非(ぜひ)しらず邪正(じゃしょう)もわかぬ このみなり 小慈小悲もなけれども 名利(みょうり)に人師(にんし)をこのむなり 『正像末和讃』(『真宗聖典』511頁)
11月 かの如来の本願力を観ずるに、凡愚遇(もうお)うて空しく過ぐる者なし。 親鸞『入出二門偈頌文』(『真宗聖典』461頁)
10月 内という方がむしろ外になって、外と思っておる方が本当の内である。 曽我量深「大谷大学のあゆみ」(『大谷大学百年史』(資料編)606頁)
09月 怒らないことによって怒りにうち勝て。 『ダンマパダ』(『ブッダの真理のことば・感興のことば』岩波文庫41頁)
08月 もし聞くと云わざれば、すなわち我みずからに法あり。
我みずからに法あれば、すなわち情に所執あり。
『注維摩詰経』(『大正大蔵経』第38巻 328頁)
07月 高い地位にある人々は三重に召使である。君主または国家の召使、名声の召使、仕事の召使である。 ベーコン(『ベーコン随想集』岩波文庫 54頁)
06月 我、今、帰するところ無く、孤独にして同伴無し。 源信『往生要集』(『真宗聖教全書』一 大八木興文堂 738頁)
05月 人間は、生を深く洞察するに応じて、苦悩をも深く洞察する。 ニーチェ(『ツァラトゥストラ』下(ちくま学芸文庫 24頁)
04月 学んだことの証しは、ただ一つで、何かがかわることである。 林 竹二(『学ぶということ』国土社 95頁)
03月 もしも愚者がみずから愚であると考えれば、すなわち賢者である。 『ダンマパダ』 (『ブッダの真理のことば・感興のことば』岩波文庫19頁)
02月 寛ならず急ならざる、これ身の調える相なり。 智顗『天台小止観』(『天台小止観─坐禅の作法─』岩波文庫75頁)
01月 死はあらゆる年代に共通のものである。 キケロー『老年について』(岩波文庫 64頁)
2010年 12月 汝はこれ凡夫なり。 『仏説観無量寿経』(『真宗聖典』95頁)
11月 世のなか安穏なれ、仏法ひろまれ 『親鸞聖人御消息集(広本)』(『真宗聖典』569頁)
10月 歴史とは、現在と過去との間の尽きることを知らぬ対話なのであります。 E.H.カー(『歴史とは何か』岩波新書 40頁)
09月 常に当に時の方便を観察すべし。 『坐禅三昧経』(『新国訳大蔵経』禅定経典部2 大蔵出版 132頁)
08月 アウシュヴィッツ以後、詩を書くことは野蛮である。 アドルノ「文化批判と社会」(『プリズメン』ちくま学芸文庫 36頁)
07月 愚かな者は、悪いことを行なっても、その報いの現われないあいだは、それを蜜のように思いなす。 『ダンマパダ』(『ブッダの真理のことば・感興のことば』岩波文庫19-20頁)
06月 我等の大迷は如来を知らざるにあり。 清沢満之 (『清沢満之全集』第8巻 岩波書店 453頁)
05月 罪障功徳の体となる こおりとみずのごとくにて こおりおおきにみずおおし さわりおおきに徳おおし 親鸞『高僧和讃』 (『真宗聖典』493頁)
04月 ひとは信仰によって激流を渡る。 『スッタニパータ』(『ブッダのことば』岩波文庫 44頁)
03月 たとえためになることを数多く語るにしても、それを実行しないならば、その人は怠っているのである。 『ダンマパダ』 (『ブッダの真理のことば・感興のことば』岩波文庫12頁)
02月 静かに己れを悲しむこころより 真実の力は生る。 武 内 了(りょう) 温(おん) (『武内了温遺稿集』文明堂303頁)
01月 「真」の言は偽に対し、仮に対するなり。 親鸞『教行信証』信巻 (『真宗聖典』245頁)
2009年 12月 われわれはすべて弱さと過ちからつくりあげられている。 われわれの愚行をたがいに宥しあおう。これが自然の第一の掟である。 ヴォルテール『哲学辞典』 (法政大学出版局 386頁)
11月 遇いがたくして今遇うことを得たり。 聞きがたくしてすでに聞くことを得たり。 親鸞『教行信証』総序 (『真宗聖典』150頁)
10月 智度は菩薩の母なり 方便は以って父と為す 『維摩詰所説経』「仏道品」(『大正大蔵経』第14巻549頁)
09月 わたしには子がある。わたしには財がある」と思って愚かな者は悩む。 『ダンマパダ』 『ブッダの真理のことば・感興のことば』(岩波文庫19頁)
08月 我必ず聖に非ず。彼必ず愚かに非ず。共に是れ凡夫ならくのみ。 聖徳太子『十七条憲法』 (『真宗聖典』965頁)
07月 苦痛己を切むれども、心厭患せず。 『妙法蓮華経』「譬喩品」 (『大正大蔵経』第9巻12頁)
06月 独立者は常に生死巌頭に立在すべきなり。 清沢満之『臘扇記第二号』 (『清沢満之全集』第8巻425頁)
05月 今日の哲学教師が、教え子に料理を出すのは、教え子の気に入る味だからではなく、教え子の味覚を変えるためである。 ヴィトゲンシュタイン (『反哲学的断章』青土社 71頁)
04月 譬えば月光の能く一切の優鉢羅花をして開敷鮮明ならしむるが如し。 『涅槃経』「梵行品」 (『大正大蔵経』第12巻 724頁)
03月 人、世間の愛欲の中に在りて、独り生れ、独り死し、独り去り、独り来る。 『仏説無量寿経』(『浄土三部経』上 岩波文庫 205頁)
02月 われわれは百合と鳥とを沈黙の教師として観てゆこう。われわれはかれらから沈黙することを学ぼう。 キルケゴール(『キルケゴール著作集』第18巻、182頁)
01月 得難くして移り易きはそれ人身なり。発し難くして忘れ易きはこれ善心なり。 最澄『願文(がんもん)』(『日本思想体系』第4巻p.286)
2008年 12月 なごりおしくおもえども、娑婆の縁つきて、ちからなくしておわるときに、かの土へはまいるべきなり。 『歎異抄』(『真宗聖典』p.630)
11月 心を弘誓の仏地に樹て、情を難思の法海に流す。 親鸞『浄土文類聚鈔』(『真宗聖典』p.409)
10月 人皆党有り。また達る者少なし。 聖徳太子『十七条憲法』(『真宗聖典』p.963)
09月 神殿の空虚こそが、またその暗闇こそが、神殿を聖なる場とする ジャン=リュック・ナンシー(『神的な様々の場』松籟社p.51)
08月 己が身にひきくらべて、殺してはならぬ。殺さしめてはならぬ。 『法句経(ダンマパダ)』(『ブッダの真理のことば・感興のことば』 岩波文庫 p.28)
07月 よろずのこと、みなもって、そらごとたわごと、まことあることなきに、ただ念仏のみぞまことにておわします。 『歎異抄』(『真宗聖典』P.640)
06月 仏法には、明日と申す事、あるまじく候う。 『蓮如上人御一代記聞書」(『真宗聖典』 p.874)
05月 諸の仏・如来は、但、菩薩のみを教化したもう。 『法華経』「方便品」(『法華経』上 岩波文庫 p.90)
04月 二人の人間がいてのみ、思考は明晰なものと化すことができる。 E.レヴィナス(『全体性と無限』 国文社p.144)
03月 汝自ら当に知るべし。 仏説無量寿経(『真宗聖典』p.13)
02月 ものごとは心でしか見ることができない。大切なことは目には見えない。 サン=テグジュペリ(『プチ・プランス』グラフ社 p.100)
01月 譬えば、高原の陸地には蓮華を生せず、卑湿の淤泥に乃ち此の華を生ずるが如し。 『維摩経(ゆいまきょう)』「仏道品(ぶつどうほん)」(『大正大蔵経』第14巻 p.549)
2007年 12月 われ敢えて汝等を軽しめず、汝等は皆当に仏と作るべし。 『法華経』「常不軽菩薩品(じょうふぎょうぼさつほん)」(『法華経』下 岩波文庫 p.136)
11月 畢竟依を帰命せよ 親鸞『浄土和讃』(『真宗聖典』p.479)
10月 真の朋友は、互に相求むる必要がない。 清沢満之「真の朋友」(『清沢満之全集』第7巻 p.311)
09月 悲しみは悲しみを知る悲しみに救われ、涙は涙にそそがれる涙にたすけらる。 金子大栄(『歎異抄領解(たんにしょうりょうげ)』p.53)
08月 貪愛の心 常によく善心を汚し、瞋憎の心 常によく法財を焼く。 親鸞『教行信証』信巻(『真宗聖典』p.228)
07月 仏法の大海は、信を能入と為し、智を能度と為す。 『大智度論(だいちどろん)』(『大正大蔵経』第25巻 p.63)
06月 智慧と方便は、これ菩薩の父母なり 親鸞『教行信証』証巻〈所引『浄土論註』〉(『真宗聖典』 p295)
05月 心浄ければ則ち仏土浄し 『維摩経(ゆいまきょう)』「仏国品(ぶっこくほん)」(『大正大蔵経』第14巻 p538)
04月 もし行を学ばんと欲わば、必ず有縁の法に藉れ 親鸞『教行信証』信巻〈所引『観経疏(かんぎょうしょ)』〉(『真宗聖典』p219)
03月 一切の恐懼に、ために大安を作さん。 『仏説無量寿経』(『真宗聖典』p.12)
02月 いづれのよいづれのひとか帰せざらむ 三宝によりまつらずばいかでかこのよのひとびとの まがれることをたださまし 親鸞『皇太子聖徳奉讃(こうたいししょうとくほうさん)』(『定本親鸞聖人全集』2 p.247)
01月 自己を制していない人にとって、自己はまさに敵のように敵対する。 『バガヴァッド・ギーター』(岩波文庫 p.63)
2006年 12月 人間に生きがいをあたえるほど大きな愛はない。 神谷 美恵子(『生きがいについて』 p.11)
11月 無碍の光明は無明の闇を破する恵日なり。 親鸞『教行信証』総序(『真宗聖典』 p.149)
10月 宗教は人心をしてその根蔕を自覚せしむるものなり。 清沢満之(『清沢満之全集』第6巻 p.339)
09月 われらが知識のうちに失ってしまった知慧はどこか?われらが見聞のうちに失ってしまった知識はどこか? T・S・エリオット(『T・S・エリオット詩集』p.105)
08月 さるべき業縁のもよおせば、いかなるふるまいもすべし。 『歎異抄』(真宗聖典 p.634)
07月 執着から欲望が生じ、欲望から怒りが生ずる。 『バガヴァッド・ギーター』(岩波文庫 p.41)
06月 念仏をとりて信じたてまつらんとも、またすてんとも、面々の御はからいなり。 『歎異抄』(『真宗聖典』p.627)
05月 人々を不安にするものは、事柄ではなくて、事柄についての思惑だ。 エピクテトス(『世界の名著14 キケロ/エピクテトス/マルクス・アウレリウス』p.387)
04月 涙こそが目の本質であり、視覚ではない。 ジャック・デリダ(『盲者の記憶』みすず書房p.155)
03月 念仏者は、無碍の一道なり。 『歎異抄』(『真宗聖典』 p.629)
02月 心の染汚より衆生は汚れ、心が清まることより衆生は清まる。 『南伝大蔵経』「相応部経」(『仏教聖典』山口 益編 p.209)
01月 われ存すということが不断の驚きであるのが人生である。 (『タゴール詩集』彌生書房 p.77)
2005年 12月 衆生病めば則ち菩薩も病み、衆生の病い愈ゆれば菩薩もまた愈ゆ 『維摩経(ゆいまきょう)』「文殊師利問疾品(もんじゅしりもんしつほん)」(『大正大蔵経』第14巻 P.544)
11月 愚禿が心は、内は愚にして外は賢なり 親鸞「愚禿鈔(ぐとくしょう)」(『真宗聖典』P.423・435)
10月 有限とは吾人自己の事なり。 清沢満之「宗教哲学骸骨講義」(『清沢満之全集』第1巻 P.57)
09月 菩提心は則ち良田なり、衆生の白浄の法を長養するが故に。 「華 厳 経」(『大正大蔵経』第9巻 P.775b)
08月 有限のものは、決して自ら安立し得るものにあらざるなり。 清沢満之「迷悶者の安慰」(『清沢満之全集』第6巻p.86)
07月 己れを忘れて他を利するは、慈悲の極みなり 最澄『山家学生式(さんげがくしょうしき)』(『日本思想大系』第4巻p.194)
06月 生のみが我等にあらず、死もまた我等なり。 清沢 満之(きよざわ まんし)(『清沢満之全集』第6巻p.111)
05月 一切の有情は、みなもって世々生々の父母兄弟なり。 『歎 異 抄(たんにしょう)』(真宗聖典 p.628)
04月 自己と何ぞや。これ人世の根本的問題なり。 清沢 満之(きよざわ まんし)(『清沢満之全集』第8巻 p.363)*1
03月 つくべき縁あればともないはなるべき縁あればはなる 『歎 異 抄』(『真宗聖典』p.628)
02月 如来の智慧その身内に在りて、仏と異なること無きを見せしめん。 『華 厳 経』(『大正大蔵経』第9巻P.624a)
01月 能く能く談合すべきの由、仰せられ候う。 『蓮如上人御一代記聞書』(真宗聖典877頁)
2004年 12月 少欲にして足るを知る 『涅槃経』「師子吼菩薩品(ししくぼさつほん)」(『大正大蔵経』第12巻P.526)
11月 聞思して遅慮することなかれ。 親鸞『教行信証』総序(『真宗聖典』p.150)
10月 如来はすなわちこれ真実なり 親鸞『教行信証』〈所引『涅槃経』〉(『真宗聖典』p.227)
09月 わたしは、一切の生きとし生けるものどもに対する暴力を抑制して、つねに立っています。 『テーラガーター』(『仏弟子の告白』岩波文庫p.171)
08月 青色青光 黄色黄光 赤色赤光 白色白光 『仏説阿弥陀経』 (『真宗聖典』p.126)
07月 この一枚の紙のなかに雲が浮かんでいる ティク・ナット・ハン(『仏の教え ビーイング・ピース』中公文庫p.68)
06月 方便して涅槃を現わす 『法華経』「如来寿量品(にょらいじゅりょうほん)」(『法華経(下)』岩波文庫p.30)
05月 豪貴富楽自在なることありといえども、ことごとく生老病死を勉るることを得ず。 親鸞『教行信証』〈所引『安楽集』〉(『真宗聖典』p.173)
04月 二つの白法あり、よく衆生を救く。一つには慙、二つには愧なり。 親鸞『教行信証(きょうぎょうしんしょう)』 〈所引『涅槃経』〉(『真宗聖典』p.257)
03月 前に生まれん者は後を導き、後に生まれん者は前を訪え。 親鸞『教行信証(きょうぎょうしんしょう)』 〈所引『安楽集』〉(『真宗聖典』p.401)
02月 汝の欲することをなせ ミヒャエル・エンデ(『はてしない物語』岩波書店 p. 317)
01月 仏は常にいませども、現ならぬぞあわれなる、人の音せぬ暁に、ほのかに夢に見えたもう。 『 梁(りょう)塵(じん)秘( ひ)抄(しょう)』(『梁塵秘抄』岩波文庫 p. 16)
2003年 12月 私たちは問われている存在なのです。 V.E.フランクル(『それでも人生にイエスと言う』春秋社p.27)
11月 他力というは、如来の本願力なり 親鸞『教行信証』( 『真宗聖典』 P.193)
10月 あさなあさな、仏とともにおき、ゆうなゆうな、仏をいだきてふす。 『安心(あんじん)決定(けつじょう)鈔(しょう)』(『真宗聖典』P.953)
09月 身を観ずれば水の泡消ぬる後は人もなし 『一 遍 上 人 語 録』『日本思想大系』第10巻 P.290
08月 無明の闇夜には功徳の宝珠をして大炬とす。 親鸞『浄土文類聚抄』(じょうどもんるいじゅしょう)(『真宗聖典』P.409)
07月 ただ念仏して、弥陀にたすけられまいらすべし。 『歎 異 抄』『真宗聖典』P.627
06月 万物一体の真理は、常に吾人の上に活動しつつあり。 清 沢 満 之『清沢満之全集』第6巻P.6
05月 もろもろの法は原因から生じる。如来はそれらの原因を説きたもうた。 『律』「大品」『仏教聖典』山口 益編P.113
04月 世間は虚仮なり。唯仏のみ是れ真なり。 聖 徳 太 子『大日本仏教全書』第112巻P.46
03月 すでにこの道あり。 親鸞『教行信証』<所引『観経疏』>(真宗聖典P.220)
02月 怨みに報いるに怨みを以てしたならば、ついに怨みの息むことがない。 『ダンマパダ』(『真理のことば・感興のことば』岩波文庫P.10)
01月 顚倒の善果 、よく梵行を壊す。 親鸞『教行信証』所引(真宗聖典P168)
2002年 12月 愛に二種あり。一は餓鬼愛、二は法愛なり。 『大般涅槃経(だいはつねはんぎょう)』
11月 善悪の字しりがおはおおそらごとのかたちなり 親鸞『正像末和讃(しょうぞうまつわさん)』
10月 人、他の宝を数うるも自ら半銭の分なきが如し 『華 厳 経(けごんぎょう)』
09月 それ自障は愛にしくなし。自蔽は疑にしくなし。 親鸞『教行信証』
08月 六道輪廻の間にはともなう人もなかりけり 一遍(いっぺん)
07月 忽然として念の起こるを名づけて無明と為す。 『大乗起信論』
06月 真理は涯底あることなく、人知は反って窮極するところあり 清 沢 満 之
05月 一切苦切の言をもって、すなわち律に入らしむべし。 『維 摩 経(ゆいまきょう)』
04月 如来の智慧海は、深広にして涯底なし。 『仏説無量寿経』
03月 如来の身は金剛の体なり。 『維 摩 経』
02月 その生処に随いて意の所欲にあり。 『仏説無量寿経』
01月 心、顚倒せず。 『仏説阿弥陀経』
2001年 12月 無明は転ずればすなわち変じて明となる。氷を融かして水となすがごとし。 智顗(ちぎ)『摩訶止観(まかしかん)』
11月 願わくは深く無常を念じて、いたずらに後悔を貽すことなかれ。 親鸞『教行信証』
10月 宗教的信念を得た人を無碍人と称する。 清沢満之
09月 善知識は月のごとし、能く清涼なる教法の光明をもって衆の熱悩を除く。 『華厳経』(けごんきょう)
08月 真の朋友は宗教的根拠に立つものでなくてはならぬ。 清 沢 満 之
07月 一切の有情はみな食によりて住す。 『成唯識論』(じょうゆいしきろん)
06月 吾、当に世において無上尊となるべし。 『仏説無量寿経』
05月 智目行足をもって清涼池に到る。 智顗(ちぎ)『法華玄義』(ほっけげんぎ)
04月 人心の至奥より出づる至盛の要求の為に宗教あるなり。 清 沢 満 之(きよざわまんし)
03月 一色一香も中道にあらざることなし 智顗(ちぎ)『摩訶止観』(まかしかん)
02月 もろもろの仏・世尊は、ただ一大事の因縁をもってのゆえにのみ、世に出現したもう。 『法 華 経 』
01月 たとい我、仏を得んに、国に地獄・餓鬼・畜生あらば、正覚を取らじ。 『仏説無量寿経』
2000年 12月 難化の人の心は猿猴のごとし。 『維摩経(ゆいまきょう)』「香積仏品(こうしゃくぶっほん)」『大正大蔵経』第14巻553頁
11月 真仮を知らざるに由って、如来広大の恩徳を迷失す。 親鸞『教行信証』「真仏土巻」『真宗聖典』 324頁
10月 吾人の世に在るや、決して単孤独存するものにあらず、常に外他の人物と相待ちて存立す。 清沢 満之『清沢満之全集』 第6巻9頁
09月 真理は一つであって、第二のものは存在しない。その真理を知った人は、争うことがない。 『スッタニパータ』『ブッダのことば』(岩波文庫)194頁
08月 行者は心眼を以て己が身を見るに、またかの光明の所照の中にあり。 源信『往生要集』『往生要集1』(岩波文庫)233頁
07月 真は独り真なるにあらず、必ずこれ俗の真なり。 良遍『観心覚夢鈔(かんじんかくむしょう)』『大正大蔵経』第71巻83頁
06月 かなしきかなや道俗の良時吉日えらばしめ天神地祇をあがめつつト占祭祀つとめとす 親鸞 『正像末和讃』『真宗聖典』509頁
05月 世間法は欲が支配し、出世間法は欲を支配する。 赤沼 智善『赤沼智善著作選集』 第6巻230頁
04月 大道を知見せば、自己にあるものに不足を感ずることなかるべし。 清沢 満之『清沢満之全集』第6巻52頁
03月 比丘たちよ、今こそおまえたちに告げよう。諸行は滅びゆく。怠ることなく努めよ。 『マハーパリニッバーナ経』『南伝大蔵経』第7巻144頁
02月 不了仏智のしるしには 如来の諸智を疑惑して 罪福信じ善本を たのめば辺地にとまるなり 親鸞 『正像末和讃』『真宗聖典』505頁
01月 念仏もうさるべし。 『蓮如上人御一代記聞書』『真宗聖典』854頁
1999年 12月 仏道をならうというは、自己をならうなり。 道元『正法眼蔵(しょうぼうげんそう)』 「現成公案(げんじょうこうあん)」『正法眼蔵1』(岩波文庫)54頁
11月 念仏には無義をもって義とす。 『歎異抄』『真宗聖典』630頁
10月 宗教は迷悶せる者に安慰をあたうるものなり。 清沢 満之『清沢満之全集』第6巻38頁
09月 仏法は、一人居て悦ぶ法なり。 『蓮如上人御一代記聞書』『真宗聖典』 892頁
08月 智慧の完成は無執着をしるしとしている。 『八千頌般若経』 (はっせんじゅはんにゃきょう)『大乗仏典』第3巻(中央公論社)206頁
07月 無慙愧は名づけて人とせず。 親鸞『教 行 信 証』信巻『真宗聖典』257頁
06月 親鸞は弟子一人ももたずそうろう。 『歎 異 抄』『真宗聖典』628頁
05月 一切の煩悩を如来の種となす。 『維摩経(ゆいまきょう)』「仏道品(ぶつどうほん)」『大正大蔵経』第14巻549頁
04月 吾人の世に在るや、必ず一つの完全なる立脚地なかるべからず。 清沢満之『清沢満之全集』第6巻2頁
03月 譬えば高原の陸地には蓮華を生ぜず。卑湿の淤泥にすなわち此の華を生ずるが如し。 『維摩経(ゆいまきょう)』「仏道品(ぶつどうほん)」『大正大蔵経』第14巻549頁
02月 本尊は掛けやぶれ、聖教はよみやぶれ。 『蓮如上人御一代記聞書』『真宗聖典』868頁
01月 信は男につれそう妻である。智慧が彼を教えさとす。 『ウダーナヴァルガ』『真理のことば』(岩波文庫)192頁
1998年 12月 心と仏と及び衆生と、この三は差別なきなり。 『華 厳 経(けごんきょう)』「夜摩天宮菩薩説偈品(やまてんぐうぼさつせつげほん)」『大正大蔵経』巻465頁
11月 心を弘誓の仏地に樹て、念を難思の法海に流す。 親 鸞 『教 行 信 証』化身土巻『真宗聖典』400頁
10月 宗教は人心をして其の根蔕を自覚せしむるものなり。 清沢満之『清沢満之全集』第6巻479頁
09月 生のみが我等にあらず、死もまた我等なり。我等は生死を並有するものなり。 清沢満之『清沢満之全集』第6巻50頁
08月 もし道理に箇らば、これ真宗なり。 親鸞『教行信証』行巻『真宗聖典』179頁
07月 人が生まれたときには、実に口の中に斧が生じている。 『スッタニパータ』第657偈『ブッダのことば』(岩波文庫)146頁
06月 信心の人は、その心すでに浄土に居す。 親鸞 『御消息集(ごしょうそくしゅう)』『真宗聖典』591頁
05月 癡によりて愛あれば、すなわち我が病生ず。 『維 摩 経(ゆいまきょう)』 「文殊師利問疾品(もんじゅしりもんしっほん)」『大正大蔵経』第14巻544頁
04月 わかきとき、仏法はたしなめ。 『蓮如上人御一代記聞書』『真宗聖典』867頁
03月 三界は安きこと無しなお火宅の如し。 『法華経』「譬喩品(ひゆぼん)」『法華経 上』(岩波文庫)198頁
02月 仏法に厭足なければ、法の不思議をきく。 『蓮如上人御一代記聞書』『真宗聖典』897頁
01月 沙門は欲望を遍知して、つねに自由人なり。 『南伝大蔵経』『相応部経』『南伝大蔵経』第12巻 相応部教典一 65頁
1997年 12月 宝の山に入りて、手を空しくして帰ることなかれ。 源信『往生要集』『真宗聖教全書一』752頁
11月 願わくは深く無常を念じて、いたずらに後悔を貽すことなかれ。 親鸞 『教行信証』行巻『真宗聖典』184頁
10月 仏法には、明日と申す事、あるまじく候う。 『蓮如上人御一代記聞書』『真宗聖典』874頁
09月 観とは智慧のことである。 智顗(ちぎ)『摩訶止観<まかしかん>』『大正大蔵経』第46巻22頁
08月 真の贅沢というものは、ただ一つしかない、それは人間関係という贅沢だ。 サン=テグジュペリ『人間の土地』(新潮社文庫)36頁
07月 われは、仏陀に仕え、その教えを実践した。重荷をおろし、迷いの生存に導くものを根こそぎにした。 『テーラガーター』六八七偈『仏弟子の告白』(岩波文庫)146頁
06月 吉凶禍福、競いておのおのこれを作す。一も怪しむものなきなり。 『仏説無量寿経』『真宗聖典』61頁
05月 如来とは能所の転換を行わしめるもの。 佐々木 月樵(ささき げっしょう )『大谷大学樹立の精神』(大谷大学刊)36頁
04月 自己とは何ぞやこれ人生の根本的問題なり。 清 沢 満 之『清沢満之全集』第7巻380頁
03月 人生において事実は、本当の意味で重要ではありません。事実を通して人がどういう人間になったかだけが、重要なのです。 エティ・ヒレスム『生きることの意味を求めて』(晶文社)30頁
02月 この身は幻の如し、顚倒より起こる。 『 維 摩 経(ゆいまきょう)』 『方便品(ほうべんぼん)』『大正大蔵経』第14巻 539頁
01月 自身を深信する。 親 鸞『愚 禿 鈔(ぐとくしょう)』『真宗聖典』440頁

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