きょうのことば
| 2012年 | 05月 | 愚者になりて往生す | 『末燈鈔』(『真宗聖典』603頁) |
|---|---|---|---|
| 04月 | あたかも一万年も生きるかのように行動するな。生きているうちに、許されている間に、善き人たれ。 | マルクス・アウレーリウス(『自省録』岩波文庫 48頁) | |
| 03月 | 心得たと思うは、心得ぬなり。心得ぬと思うは、こころえたるなり。 | 『蓮如上人御一代記聞書』(『真宗聖典』894頁) | |
| 02月 | 分別もまた空なり。 | 『維摩詰所説経(ゆいまきつしょせつきょう)』「問疾品」(『新国訳大蔵経』文殊経典部2 大蔵出版 80頁) | |
| 01月 | 自己こそ自分の主(あるじ)である。 | 『ダンマパダ』(『ブッダの真理のことば・感興のことば』岩波文庫32頁) |
| 2011年 | 12月 | 是非(ぜひ)しらず邪正(じゃしょう)もわかぬ このみなり 小慈小悲もなけれども 名利(みょうり)に人師(にんし)をこのむなり | 『正像末和讃』(『真宗聖典』511頁) |
|---|---|---|---|
| 11月 | かの如来の本願力を観ずるに、凡愚遇(もうお)うて空しく過ぐる者なし。 | 親鸞『入出二門偈頌文』(『真宗聖典』461頁) | |
| 10月 | 内という方がむしろ外になって、外と思っておる方が本当の内である。 | 曽我量深「大谷大学のあゆみ」(『大谷大学百年史』(資料編)606頁) | |
| 09月 | 怒らないことによって怒りにうち勝て。 | 『ダンマパダ』(『ブッダの真理のことば・感興のことば』岩波文庫41頁) | |
| 08月 | もし聞くと云わざれば、すなわち我みずからに法あり。 我みずからに法あれば、すなわち情に所執あり。 |
『注維摩詰経』(『大正大蔵経』第38巻 328頁) | |
| 07月 | 高い地位にある人々は三重に召使である。君主または国家の召使、名声の召使、仕事の召使である。 | ベーコン(『ベーコン随想集』岩波文庫 54頁) | |
| 06月 | 我、今、帰するところ無く、孤独にして同伴無し。 | 源信『往生要集』(『真宗聖教全書』一 大八木興文堂 738頁) | |
| 05月 | 人間は、生を深く洞察するに応じて、苦悩をも深く洞察する。 | ニーチェ(『ツァラトゥストラ』下(ちくま学芸文庫 24頁) | |
| 04月 | 学んだことの証しは、ただ一つで、何かがかわることである。 | 林 竹二(『学ぶということ』国土社 95頁) | |
| 03月 | もしも愚者がみずから愚であると考えれば、すなわち賢者である。 | 『ダンマパダ』 (『ブッダの真理のことば・感興のことば』岩波文庫19頁) | |
| 02月 | 寛ならず急ならざる、これ身の調える相なり。 | 智顗『天台小止観』(『天台小止観─坐禅の作法─』岩波文庫75頁) | |
| 01月 | 死はあらゆる年代に共通のものである。 | キケロー『老年について』(岩波文庫 64頁) |
| 2010年 | 12月 | 汝はこれ凡夫なり。 | 『仏説観無量寿経』(『真宗聖典』95頁) |
|---|---|---|---|
| 11月 | 世のなか安穏なれ、仏法ひろまれ | 『親鸞聖人御消息集(広本)』(『真宗聖典』569頁) | |
| 10月 | 歴史とは、現在と過去との間の尽きることを知らぬ対話なのであります。 | E.H.カー(『歴史とは何か』岩波新書 40頁) | |
| 09月 | 常に当に時の方便を観察すべし。 | 『坐禅三昧経』(『新国訳大蔵経』禅定経典部2 大蔵出版 132頁) | |
| 08月 | アウシュヴィッツ以後、詩を書くことは野蛮である。 | アドルノ「文化批判と社会」(『プリズメン』ちくま学芸文庫 36頁) | |
| 07月 | 愚かな者は、悪いことを行なっても、その報いの現われないあいだは、それを蜜のように思いなす。 | 『ダンマパダ』(『ブッダの真理のことば・感興のことば』岩波文庫19-20頁) | |
| 06月 | 我等の大迷は如来を知らざるにあり。 | 清沢満之 (『清沢満之全集』第8巻 岩波書店 453頁) | |
| 05月 | 罪障功徳の体となる こおりとみずのごとくにて こおりおおきにみずおおし さわりおおきに徳おおし | 親鸞『高僧和讃』 (『真宗聖典』493頁) | |
| 04月 | ひとは信仰によって激流を渡る。 | 『スッタニパータ』(『ブッダのことば』岩波文庫 44頁) | |
| 03月 | たとえためになることを数多く語るにしても、それを実行しないならば、その人は怠っているのである。 | 『ダンマパダ』 (『ブッダの真理のことば・感興のことば』岩波文庫12頁) | |
| 02月 | 静かに己れを悲しむこころより 真実の力は生る。 | 武 内 了(りょう) 温(おん) (『武内了温遺稿集』文明堂303頁) | |
| 01月 | 「真」の言は偽に対し、仮に対するなり。 | 親鸞『教行信証』信巻 (『真宗聖典』245頁) |
| 2009年 | 12月 | われわれはすべて弱さと過ちからつくりあげられている。 われわれの愚行をたがいに宥しあおう。これが自然の第一の掟である。 | ヴォルテール『哲学辞典』 (法政大学出版局 386頁) |
|---|---|---|---|
| 11月 | 遇いがたくして今遇うことを得たり。 聞きがたくしてすでに聞くことを得たり。 | 親鸞『教行信証』総序 (『真宗聖典』150頁) | |
| 10月 | 智度は菩薩の母なり 方便は以って父と為す | 『維摩詰所説経』「仏道品」(『大正大蔵経』第14巻549頁) | |
| 09月 | わたしには子がある。わたしには財がある」と思って愚かな者は悩む。 | 『ダンマパダ』 『ブッダの真理のことば・感興のことば』(岩波文庫19頁) | |
| 08月 | 我必ず聖に非ず。彼必ず愚かに非ず。共に是れ凡夫ならくのみ。 | 聖徳太子『十七条憲法』 (『真宗聖典』965頁) | |
| 07月 | 苦痛己を切むれども、心厭患せず。 | 『妙法蓮華経』「譬喩品」 (『大正大蔵経』第9巻12頁) | |
| 06月 | 独立者は常に生死巌頭に立在すべきなり。 | 清沢満之『臘扇記第二号』 (『清沢満之全集』第8巻425頁) | |
| 05月 | 今日の哲学教師が、教え子に料理を出すのは、教え子の気に入る味だからではなく、教え子の味覚を変えるためである。 | ヴィトゲンシュタイン (『反哲学的断章』青土社 71頁) | |
| 04月 | 譬えば月光の能く一切の優鉢羅花をして開敷鮮明ならしむるが如し。 | 『涅槃経』「梵行品」 (『大正大蔵経』第12巻 724頁) | |
| 03月 | 人、世間の愛欲の中に在りて、独り生れ、独り死し、独り去り、独り来る。 | 『仏説無量寿経』(『浄土三部経』上 岩波文庫 205頁) | |
| 02月 | われわれは百合と鳥とを沈黙の教師として観てゆこう。われわれはかれらから沈黙することを学ぼう。 | キルケゴール(『キルケゴール著作集』第18巻、182頁) | |
| 01月 | 得難くして移り易きはそれ人身なり。発し難くして忘れ易きはこれ善心なり。 | 最澄『願文(がんもん)』(『日本思想体系』第4巻p.286) |
| 2008年 | 12月 | なごりおしくおもえども、娑婆の縁つきて、ちからなくしておわるときに、かの土へはまいるべきなり。 | 『歎異抄』(『真宗聖典』p.630) |
|---|---|---|---|
| 11月 | 心を弘誓の仏地に樹て、情を難思の法海に流す。 | 親鸞『浄土文類聚鈔』(『真宗聖典』p.409) | |
| 10月 | 人皆党有り。また達る者少なし。 | 聖徳太子『十七条憲法』(『真宗聖典』p.963) | |
| 09月 | 神殿の空虚こそが、またその暗闇こそが、神殿を聖なる場とする | ジャン=リュック・ナンシー(『神的な様々の場』松籟社p.51) | |
| 08月 | 己が身にひきくらべて、殺してはならぬ。殺さしめてはならぬ。 | 『法句経(ダンマパダ)』(『ブッダの真理のことば・感興のことば』 岩波文庫 p.28) | |
| 07月 | よろずのこと、みなもって、そらごとたわごと、まことあることなきに、ただ念仏のみぞまことにておわします。 | 『歎異抄』(『真宗聖典』P.640) | |
| 06月 | 仏法には、明日と申す事、あるまじく候う。 | 『蓮如上人御一代記聞書」(『真宗聖典』 p.874) | |
| 05月 | 諸の仏・如来は、但、菩薩のみを教化したもう。 | 『法華経』「方便品」(『法華経』上 岩波文庫 p.90) | |
| 04月 | 二人の人間がいてのみ、思考は明晰なものと化すことができる。 | E.レヴィナス(『全体性と無限』 国文社p.144) | |
| 03月 | 汝自ら当に知るべし。 | 仏説無量寿経(『真宗聖典』p.13) | |
| 02月 | ものごとは心でしか見ることができない。大切なことは目には見えない。 | サン=テグジュペリ(『プチ・プランス』グラフ社 p.100) | |
| 01月 | 譬えば、高原の陸地には蓮華を生せず、卑湿の淤泥に乃ち此の華を生ずるが如し。 | 『維摩経(ゆいまきょう)』「仏道品(ぶつどうほん)」(『大正大蔵経』第14巻 p.549) |
| 2007年 | 12月 | われ敢えて汝等を軽しめず、汝等は皆当に仏と作るべし。 | 『法華経』「常不軽菩薩品(じょうふぎょうぼさつほん)」(『法華経』下 岩波文庫 p.136) |
|---|---|---|---|
| 11月 | 畢竟依を帰命せよ | 親鸞『浄土和讃』(『真宗聖典』p.479) | |
| 10月 | 真の朋友は、互に相求むる必要がない。 | 清沢満之「真の朋友」(『清沢満之全集』第7巻 p.311) | |
| 09月 | 悲しみは悲しみを知る悲しみに救われ、涙は涙にそそがれる涙にたすけらる。 | 金子大栄(『歎異抄領解(たんにしょうりょうげ)』p.53) | |
| 08月 | 貧愛の心 常によく善心を汚し、瞋憎の心 常によく法財を焼く。 | 親鸞『教行信証』信巻(『真宗聖典』p.228) | |
| 07月 | 仏法の大海は、信を能入と為し、智を能度と為す。 | 『大智度論(だいちどろん)』(『大正大蔵経』第25巻 p.63) | |
| 06月 | 智慧と方便は、これ菩薩の父母なり | 親鸞『教行信証』証巻〈所引『浄土論註』〉(『真宗聖典』 p295) | |
| 05月 | 心浄ければ則ち仏土浄し | 『維摩経(ゆいまきょう)』「仏国品(ぶっこくほん)」(『大正大蔵経』第14巻 p538) | |
| 04月 | もし行を学ばんと欲わば、必ず有縁の法に藉れ | 親鸞『教行信証』信巻〈所引『観経疏(かんぎょうしょ)』〉(『真宗聖典』p219) | |
| 03月 | 一切の恐懼に、ために大安を作さん。 | 『仏説無量寿経』(『真宗聖典』p.12) | |
| 02月 | いづれのよいづれのひとか帰せざらむ 三宝によりまつらずばいかでかこのよのひとびとの まがれることをたださまし | 親鸞『皇太子聖徳奉讃(こうたいししょうとくほうさん)』(『定本親鸞聖人全集』2 p.247) | |
| 01月 | 自己を制していない人にとって、自己はまさに敵のように敵対する。 | 『バガヴァッド・ギーター』(岩波文庫 p.63) |
| 2006年 | 12月 | 人間に生きがいをあたえるほど大きな愛はない。 | 神谷 美恵子(『生きがいについて』 p.11) |
|---|---|---|---|
| 11月 | 無碍の光明は無明の闇を破する恵日なり。 | 親鸞『教行信証』総序(『真宗聖典』 p.149) | |
| 10月 | 宗教は人心をしてその根蔕を自覚せしむるものなり。 | 清沢満之(『清沢満之全集』第6巻 p.339) | |
| 09月 | われらが知識のうちに失ってしまった知慧はどこか?われらが見聞のうちに失ってしまった知識はどこか? | T・S・エリオット(『T・S・エリオット詩集』p.105) | |
| 08月 | さるべき業縁のもよおせば、いかなるふるまいもすべし。 | 『歎異抄』(真宗聖典 p.634) | |
| 07月 | 執着から欲望が生じ、欲望から怒りが生ずる。 | 『バガヴァッド・ギーター』(岩波文庫 p.41) | |
| 06月 | 念仏をとりて信じたてまつらんとも、またすてんとも、面々の御はからいなり。 | 『歎異抄』(『真宗聖典』p.627) | |
| 05月 | 人々を不安にするものは、事柄ではなくて、事柄についての思惑だ。 | エピクテトス(『世界の名著14 キケロ/エピクテトス/マルクス・アウレリウス』p.387) | |
| 04月 | 涙こそが目の本質であり、視覚ではない。 | ジャック・デリダ(『盲者の記憶』みすず書房p.155) | |
| 03月 | 念仏者は、無碍の一道なり。 | 『歎異抄』(『真宗聖典』 p.629) | |
| 02月 | 心の染汚より衆生は汚れ、心が清まることより衆生は清まる。 | 『南伝大蔵経』「相応部経」(『仏教聖典』山口 益編 p.209) | |
| 01月 | われ存すということが不断の驚きであるのが人生である。 | (『タゴール詩集』彌生書房 p.77) |
| 2005年 | 12月 | 衆生病めば則ち菩薩も病み、衆生の病い愈ゆれば菩薩もまた愈ゆ | 『維摩経(ゆいまきょう)』「文殊師利問疾品(もんじゅしりもんしつほん)」(『大正大蔵経』第14巻 P.544) |
|---|---|---|---|
| 11月 | 愚禿が心は、内は愚にして外は賢なり | 親鸞「愚禿鈔(ぐとくしょう)」(『真宗聖典』P.423・435) | |
| 10月 | 有限とは吾人自己の事なり。 | 清沢満之「宗教哲学骸骨講義」(『清沢満之全集』第1巻 P.57) | |
| 09月 | 菩提心は則ち良田なり、衆生の白浄の法を長養するが故に。 | 「華 厳 経」(『大正大蔵経』第9巻 P.775b) | |
| 08月 | 有限のものは、決して自ら安立し得るものにあらざるなり。 | 清沢満之「迷悶者の安慰」(『清沢満之全集』第6巻p.86) | |
| 07月 | 己れを忘れて他を利するは、慈悲の極みなり | 最澄『山家学生式(さんげがくしょうしき)』(『日本思想大系』第4巻p.194) | |
| 06月 | 生のみが我等にあらず、死もまた我等なり。 | 清沢 満之(きよざわ まんし)(『清沢満之全集』第6巻p.111) | |
| 05月 | 一切の有情は、みなもって世々生々の父母兄弟なり。 | 『歎 異 抄(たんにしょう)』(真宗聖典 p.628) | |
| 04月 | 自己と何ぞや。これ人世の根本的問題なり。 | 清沢 満之(きよざわ まんし)(『清沢満之全集』第8巻 p.363)*1 | |
| 03月 | つくべき縁あればともないはなるべき縁あればはなる | 『歎 異 抄』(『真宗聖典』p.628) | |
| 02月 | 如来の智慧その身内に在りて、仏と異なること無きを見せしめん。 | 『華 厳 経』(『大正大蔵経』第9巻P.624a) | |
| 01月 | 能く能く談合すべきの由、仰せられ候う。 | 『蓮如上人御一代記聞書』(真宗聖典877頁) |
| 2004年 | 12月 | 少欲にして足るを知る | 『涅槃経』「師子吼菩薩品(ししくぼさつほん)」(『大正大蔵経』第12巻P.526) |
|---|---|---|---|
| 11月 | 聞思して遅慮することなかれ。 | 親鸞『教行信証』総序(『真宗聖典』p.150) | |
| 10月 | 如来はすなわちこれ真実なり | 親鸞『教行信証』〈所引『涅槃経』〉(『真宗聖典』p.227) | |
| 09月 | わたしは、一切の生きとし生けるものどもに対する暴力を抑制して、つねに立っています。 | 『テーラガーター』(『仏弟子の告白』岩波文庫p.171) | |
| 08月 | 青色青光 黄色黄光 赤色赤光 白色白光 | 『仏説阿弥陀経』 (『真宗聖典』p.126) | |
| 07月 | この一枚の紙のなかに雲が浮かんでいる | ティク・ナット・ハン(『仏の教え ビーイング・ピース』中公文庫p.68) | |
| 06月 | 方便して涅槃を現わす | 『法華経』「如来寿量品(にょらいじゅりょうほん)」(『法華経(下)』岩波文庫p.30) | |
| 05月 | 豪貴富楽自在なることありといえども、ことごとく生老病死を勉るることを得ず。 | 親鸞『教行信証』〈所引『安楽集』〉(『真宗聖典』p.173) | |
| 04月 | 二つの白法あり、よく衆生を救く。一つには慙、二つには愧なり。 | 親鸞『教行信証(きょうぎょうしんしょう)』 〈所引『涅槃経』〉(『真宗聖典』p.257) | |
| 03月 | 前に生まれん者は後を導き、後に生まれん者は前を訪え。 | 親鸞『教行信証(きょうぎょうしんしょう)』 〈所引『安楽集』〉(『真宗聖典』p.401) | |
| 02月 | 汝の欲することをなせ | ミヒャエル・エンデ(『はてしない物語』岩波書店 p. 317) | |
| 01月 | 仏は常にいませども、現ならぬぞあわれなる、人の音せぬ暁に、ほのかに夢に見えたもう。 | 『 梁(りょう)塵(じん)秘( ひ)抄(しょう)』(『梁塵秘抄』岩波文庫 p. 16) |
| 2003年 | 12月 | 私たちは問われている存在なのです。 | V.E.フランクル(『それでも人生にイエスと言う』春秋社p.27) |
|---|---|---|---|
| 11月 | 他力というは、如来の本願力なり | 親鸞『教行信証』( 『真宗聖典』 P.193) | |
| 10月 | あさなあさな、仏とともにおき、ゆうなゆうな、仏をいだきてふす。 | 『安心(あんじん)決定(けつじょう)鈔(しょう)』(『真宗聖典』P.953) | |
| 09月 | 身を観ずれば水の泡消ぬる後は人もなし | 『一 遍 上 人 語 録』『日本思想大系』第10巻 P.290 | |
| 08月 | 無明の闇夜には功徳の宝珠をして大炬とす。 | 親鸞『浄土文類聚抄』(じょうどもんるいじゅしょう)(『真宗聖典』P.409) | |
| 07月 | ただ念仏して、弥陀にたすけられまいらすべし。 | 『歎 異 抄』『真宗聖典』P.627 | |
| 06月 | 万物一体の真理は、常に吾人の上に活動しつつあり。 | 清 沢 満 之『清沢満之全集』第6巻P.6 | |
| 05月 | もろもろの法は原因から生じる。如来はそれらの原因を説きたもうた。 | 『律』「大品」『仏教聖典』山口 益編P.113 | |
| 04月 | 世間は虚仮なり。唯仏のみ是れ真なり。 | 聖 徳 太 子『大日本仏教全書』第112巻P.46 | |
| 03月 | すでにこの道あり。 | 親鸞『教行信証』<所引『観経疏』>(真宗聖典P.220) | |
| 02月 | 怨みに報いるに怨みを以てしたならば、ついに怨みの息むことがない。 | 『ダンマパダ』(『真理のことば・感興のことば』岩波文庫P.10) | |
| 01月 | 顚倒の善果 、よく梵行を壊す。 | 親鸞『教行信証』所引(真宗聖典P168) |
| 2002年 | 12月 | 愛に二種あり。一は餓鬼愛、二は法愛なり。 | 『大般涅槃経(だいはつねはんぎょう)』 |
|---|---|---|---|
| 11月 | 善悪の字しりがおはおおそらごとのかたちなり | 親鸞『正像末和讃(しょうぞうまつわさん)』 | |
| 10月 | 人、他の宝を数うるも自ら半銭の分なきが如し | 『華 厳 経(けごんぎょう)』 | |
| 09月 | それ自障は愛にしくなし。自蔽は疑にしくなし。 | 親鸞『教行信証』 | |
| 08月 | 六道輪廻の間にはともなう人もなかりけり | 一遍(いっぺん) | |
| 07月 | 忽然として念の起こるを名づけて無明と為す。 | 『大乗起信論』 | |
| 06月 | 真理は涯底あることなく、人知は反って窮極するところあり | 清 沢 満 之 | |
| 05月 | 一切苦切の言をもって、すなわち律に入らしむべし。 | 『維 摩 経(ゆいまきょう)』 | |
| 04月 | 如来の智慧海は、深広にして涯底なし。 | 『仏説無量寿経』 | |
| 03月 | 如来の身は金剛の体なり。 | 『維 摩 経』 | |
| 02月 | その生処に随いて意の所欲にあり。 | 『仏説無量寿経』 | |
| 01月 | 心、顚倒せず。 | 『仏説阿弥陀経』 |
| 2001年 | 12月 | 無明は転ずればすなわち変じて明となる。氷を融かして水となすがごとし。 | 智顗(ちぎ)『摩訶止観(まかしかん)』 |
|---|---|---|---|
| 11月 | 願わくは深く無常を念じて、いたずらに後悔を貽すことなかれ。 | 親鸞『教行信証』 | |
| 10月 | 宗教的信念を得た人を無碍人と称する。 | 清沢満之 | |
| 09月 | 善知識は月のごとし、能く清涼なる教法の光明をもって衆の熱悩を除く。 | 『華厳経』(けごんきょう) | |
| 08月 | 真の朋友は宗教的根拠に立つものでなくてはならぬ。 | 清 沢 満 之 | |
| 07月 | 一切の有情はみな食によりて住す。 | 『成唯識論』(じょうゆいしきろん) | |
| 06月 | 吾、当に世において無上尊となるべし。 | 『仏説無量寿経』 | |
| 05月 | 智目行足をもって清涼池に到る。 | 智顗(ちぎ)『法華玄義』(ほっけげんぎ) | |
| 04月 | 人心の至奥より出づる至盛の要求の為に宗教あるなり。 | 清 沢 満 之(きよざわまんし) | |
| 03月 | 一色一香も中道にあらざることなし | 智顗(ちぎ)『摩訶止観』(まかしかん) | |
| 02月 | もろもろの仏・世尊は、ただ一大事の因縁をもってのゆえにのみ、世に出現したもう。 | 『法 華 経 』 | |
| 01月 | たとい我、仏を得んに、国に地獄・餓鬼・畜生あらば、正覚を取らじ。 | 『仏説無量寿経』 |
| 2000年 | 12月 | 難化の人の心は猿猴のごとし。 | 『維摩経(ゆいまきょう)』「香積仏品(こうしゃくぶっほん)」『大正大蔵経』第14巻553頁 |
|---|---|---|---|
| 11月 | 真仮を知らざるに由って、如来広大の恩徳を迷失す。 | 親鸞『教行信証』「真仏土巻」『真宗聖典』 324頁 | |
| 10月 | 吾人の世に在るや、決して単孤独存するものにあらず、常に外他の人物と相待ちて存立す。 | 清沢 満之『清沢満之全集』 第6巻9頁 | |
| 09月 | 真理は一つであって、第二のものは存在しない。その真理を知った人は、争うことがない。 | 『スッタニパータ』『ブッダのことば』(岩波文庫)194頁 | |
| 08月 | 行者は心眼を以て己が身を見るに、またかの光明の所照の中にあり。 | 源信『往生要集』『往生要集1』(岩波文庫)233頁 | |
| 07月 | 真は独り真なるにあらず、必ずこれ俗の真なり。 | 良遍『観心覚夢鈔(かんじんかくむしょう)』『大正大蔵経』第71巻83頁 | |
| 06月 | かなしきかなや道俗の良時吉日えらばしめ天神地祇をあがめつつト占祭祀つとめとす | 親鸞 『正像末和讃』『真宗聖典』509頁 | |
| 05月 | 世間法は欲が支配し、出世間法は欲を支配する。 | 赤沼 智善『赤沼智善著作選集』 第6巻230頁 | |
| 04月 | 大道を知見せば、自己にあるものに不足を感ずることなかるべし。 | 清沢 満之『清沢満之全集』第6巻52頁 | |
| 03月 | 比丘たちよ、今こそおまえたちに告げよう。諸行は滅びゆく。怠ることなく努めよ。 | 『マハーパリニッバーナ経』『南伝大蔵経』第7巻144頁 | |
| 02月 | 不了仏智のしるしには 如来の諸智を疑惑して 罪福信じ善本を たのめば辺地にとまるなり | 親鸞 『正像末和讃』『真宗聖典』505頁 | |
| 01月 | 念仏もうさるべし。 | 『蓮如上人御一代記聞書』『真宗聖典』854頁 |
| 1999年 | 12月 | 仏道をならうというは、自己をならうなり。 | 道元『正法眼蔵(しょうぼうげんそう)』 「現成公案(げんじょうこうあん)」『正法眼蔵1』(岩波文庫)54頁 |
|---|---|---|---|
| 11月 | 念仏には無義をもって義とす。 | 『歎異抄』『真宗聖典』630頁 | |
| 10月 | 宗教は迷悶せる者に安慰をあたうるものなり。 | 清沢 満之『清沢満之全集』第6巻38頁 | |
| 09月 | 仏法は、一人居て悦ぶ法なり。 | 『蓮如上人御一代記聞書』『真宗聖典』 892頁 | |
| 08月 | 智慧の完成は無執着をしるしとしている。 | 『八千頌般若経』 (はっせんじゅはんにゃきょう)『大乗仏典』第3巻(中央公論社)206頁 | |
| 07月 | 無慙愧は名づけて人とせず。 | 親鸞『教 行 信 証』信巻『真宗聖典』257頁 | |
| 06月 | 親鸞は弟子一人ももたずそうろう。 | 『歎 異 抄』『真宗聖典』628頁 | |
| 05月 | 一切の煩悩を如来の種となす。 | 『維摩経(ゆいまきょう)』「仏道品(ぶつどうほん)」『大正大蔵経』第14巻549頁 | |
| 04月 | 吾人の世に在るや、必ず一つの完全なる立脚地なかるべからず。 | 清沢満之『清沢満之全集』第6巻2頁 | |
| 03月 | 譬えば高原の陸地には蓮華を生ぜず。卑湿の淤泥にすなわち此の華を生ずるが如し。 | 『維摩経(ゆいまきょう)』「仏道品(ぶつどうほん)」『大正大蔵経』第14巻549頁 | |
| 02月 | 本尊は掛けやぶれ、聖教はよみやぶれ。 | 『蓮如上人御一代記聞書』『真宗聖典』868頁 | |
| 01月 | 信は男につれそう妻である。智慧が彼を教えさとす。 | 『ウダーナヴァルガ』『真理のことば』(岩波文庫)192頁 |
| 1998年 | 12月 | 心と仏と及び衆生と、この三は差別なきなり。 | 『華 厳 経(けごんきょう)』「夜摩天宮菩薩説偈品(やまてんぐうぼさつせつげほん)」『大正大蔵経』巻465頁 |
|---|---|---|---|
| 11月 | 心を弘誓の仏地に樹て、念を難思の法海に流す。 | 親 鸞 『教 行 信 証』化身土巻『真宗聖典』400頁 | |
| 10月 | 宗教は人心をして其の根蔕を自覚せしむるものなり。 | 清沢満之『清沢満之全集』第6巻479頁 | |
| 09月 | 生のみが我等にあらず、死もまた我等なり。我等は生死を並有するものなり。 | 清沢満之『清沢満之全集』第6巻50頁 | |
| 08月 | もし道理に箇らば、これ真宗なり。 | 親鸞『教行信証』行巻『真宗聖典』179頁 | |
| 07月 | 人が生まれたときには、実に口の中に斧が生じている。 | 『スッタニパータ』第657偈『ブッダのことば』(岩波文庫)146頁 | |
| 06月 | 信心の人は、その心すでに浄土に居す。 | 親鸞 『御消息集(ごしょうそくしゅう)』『真宗聖典』591頁 | |
| 05月 | 癡によりて愛あれば、すなわち我が病生ず。 | 『維 摩 経(ゆいまきょう)』 「文殊師利問疾品(もんじゅしりもんしっほん)」『大正大蔵経』第14巻544頁 | |
| 04月 | わかきとき、仏法はたしなめ。 | 『蓮如上人御一代記聞書』『真宗聖典』867頁 | |
| 03月 | 三界は安きこと無しなお火宅の如し。 | 『法華経』「譬喩品(ひゆぼん)」『法華経 上』(岩波文庫)198頁 | |
| 02月 | 仏法に厭足なければ、法の不思議をきく。 | 『蓮如上人御一代記聞書』『真宗聖典』897頁 | |
| 01月 | 沙門は欲望を遍知して、つねに自由人なり。 | 『南伝大蔵経』『相応部経』『南伝大蔵経』第12巻 相応部教典一 65頁 |
| 1997年 | 12月 | 宝の山に入りて、手を空しくして帰ることなかれ。 | 源信『往生要集』『真宗聖教全書一』752頁 |
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| 11月 | 願わくは深く無常を念じて、いたずらに後悔を貽すことなかれ。 | 親鸞 『教行信証』行巻『真宗聖典』184頁 | |
| 10月 | 仏法には、明日と申す事、あるまじく候う。 | 『蓮如上人御一代記聞書』『真宗聖典』874頁 | |
| 09月 | 観とは智慧のことである。 | 智顗(ちぎ)『摩訶止観<まかしかん>』『大正大蔵経』第46巻22頁 | |
| 08月 | 真の贅沢というものは、ただ一つしかない、それは人間関係という贅沢だ。 | サン=テグジュペリ『人間の土地』(新潮社文庫)36頁 | |
| 07月 | われは、仏陀に仕え、その教えを実践した。重荷をおろし、迷いの生存に導くものを根こそぎにした。 | 『テーラガーター』六八七偈『仏弟子の告白』(岩波文庫)146頁 | |
| 06月 | 吉凶禍福、競いておのおのこれを作す。一も怪しむものなきなり。 | 『仏説無量寿経』『真宗聖典』61頁 | |
| 05月 | 如来とは能所の転換を行わしめるもの。 | 佐々木 月樵(ささき げっしょう )『大谷大学樹立の精神』(大谷大学刊)36頁 | |
| 04月 | 自己とは何ぞやこれ人生の根本的問題なり。 | 清 沢 満 之『清沢満之全集』第7巻380頁 | |
| 03月 | 人生において事実は、本当の意味で重要ではありません。事実を通して人がどういう人間になったかだけが、重要なのです。 | エティ・ヒレスム『生きることの意味を求めて』(晶文社)30頁 | |
| 02月 | この身は幻の如し、顚倒より起こる。 | 『 維 摩 経(ゆいまきょう)』 『方便品(ほうべんぼん)』『大正大蔵経』第14巻 539頁 | |
| 01月 | 自身を深信する。 | 親 鸞『愚 禿 鈔(ぐとくしょう)』『真宗聖典』440頁 |
