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Home > 読むページ > きょうのことば > 智慧と方便は、これ菩薩の父母なり

きょうのことば

きょうのことば - [2007年06月]

智慧と方便は、これ菩薩の父母なり

「智慧と方便は、これ菩薩の父母なり」
親鸞『教行信証』証巻〈所引『浄土論註』〉(『真宗聖典』 p295)

 大乗仏教の菩薩たちは、悟りの世界に独り安住することなく、迷いの世界に戻って来て、すべての〈いのち〉〈衆生(しゅじょう)〉の目覚めのために働き続けますが、それはなぜなのでしょう。どうしてそのような働きがありえるのでしょうか。この重要な問題について、親鸞 (1173-1262) は主著『教行信証』「証巻」において論じていますが、上に掲げた言葉は、そこに引用される中国の高僧、曇鸞(どんらん 476-542)の言葉です。

 「菩薩」とは、すべての衆生を苦しみから救い、目覚めに導こうという大乗仏教の理想を体現した存在です。その菩薩という在り方は、仏の悟りの「智慧」と、それを衆生に伝える「方便」とを、例えていうなら父母として生まれて来ると曇鸞は言います。「智慧」と「方便」が結びつき、両者の性質を兼ね備えているからこそ、菩薩は、私たち衆生を迷いから救い出し、正しい目覚めへと導く働きができるのです。

 親鸞は、そのような菩薩の働きの具体的な姿を、自らの師、法然(ほうねん 1133-1212)の上に見ていました。法然は、老若男女さまざまな人たちに向かって、分かり易いことばで念仏の教えを語り、それを実践して生きる姿を示しました。法然のことばと生きる姿に触れることによって、多くの人が目覚めへの道を歩み出していました。比叡山での自力の修行に挫折し、絶望のどん底にあった親鸞も、法然との出遇(であ)いを通して初めて、市井(しせい)の人々と共に目覚めに向かう道を見出すことができたのです。

 人が苦しみから立ち上がり、希望をもって歩み出すためには、抽象的な理論や概念ではなく、具体的なことばと、それを生きている人との出遇いが重要な意味をもちます。自力の修行では到達できなかった悟りの智慧は、法然という人と、その明確な教えのことばを通して親鸞に届いたのです。このように「智慧」が衆生に伝達されていく働きを「方便」といいます。そして、私たちには捉えがたい悟りの智慧を、私たちに分かる形で身をもって示し、歩むべき道を示してくれる人は「菩薩」なのです。親鸞にとっての法然は、まさに「智慧と方便を父母とする菩薩」だったのです。

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