ここからサイトの主なメニューです
  • 大学概要
  • 教育情報の公表
  • 入試情報
  • 新着一覧
  • 文学部 (2018年以降入学者)
    • 真宗学科
    • 仏教学科
    • 哲学科
    • 歴史学科
    • 文学科
    • 国際文化学科【2021年度募集停止】
  • 社会学部
    • 現代社会学科
    • コミュニティデザイン学科
  • 教育学部
    • 教育学科
  • 国際学部 (2021年4月新設)
    • 国際文化学科
  • 文学部 (2017年以前入学者)
    • 真宗学科
    • 仏教学科
    • 哲学科
    • 社会学科
    • 歴史学科
    • 文学科
    • 国際文化学科
    • 人文情報学科
    • 教育・心理学科
  • 大学院文学研究科
    • 真宗学専攻
    • 仏教学専攻
    • 哲学専攻
    • 社会学専攻【2019年6月廃止/修士のみ】
    • 仏教文化専攻
    • 国際文化専攻
    • 教育・心理学専攻
  • 短期大学部
    • 仏教科【2019年6月廃止】
    • 幼児教育保育科【2019年度募集停止】
  • 教員一覧
  • 学習支援
  • 地域連携
  • 国際交流/語学学習
  • 就職情報/キャリア支援
  • 学生生活サポート
  • クラブ活動
  • 学術研究
  • 生涯学習講座
  • 高大連携
  • 教員免許状更新講習
  • 校友活動
  • 図書館
  • 博物館

Home > 読むページ > きょうのことば > 欲望が満たされると楽となるが、欲望がなければそれ以上に楽である。

きょうのことば

きょうのことば - [2014年02月]

欲望が満たされると楽となるが、欲望がなければそれ以上に楽である。

「欲望が満たされると楽となるが、欲望がなければそれ以上に楽である。」
龍樹『宝行王正論』(『大乗仏典14—龍樹論集』中公文庫 274頁)

 食欲などの基本的な欲望をまったく満たさずに生きることは不可能ですから、ほとんどすべての人は、日々何らかの欲望を抱き、それを大なり小なり充足させて生きていると言えるでしょう。しかし必要以上に大きな欲望に囚われると、人はどうなるでしょうか。

 標題の言葉は、大乗仏教の確立に大きな影響を与えた南インド出身の僧、龍樹(りゅうじゅ)(二世紀頃)によるとされている『宝行王正論』の一節です。人はともかくも自分の欲望を解消したいと願いますが、その方法には二通りあります。一つは、自分の欲望を叶えることでそれを解消するやり方、もう一つは、欲望そのものを放棄するというやり方です。そして龍樹は、いずれの場合も人は楽になるが、その度合は、後者のほうが勝っていると言います。

 例えば、ずっと欲しかったものを苦労して手に入れたとしましょう。その時は大きな喜びに満たされ、その物を大事にするに違いありません。しかし徐々にその愛着は薄れていき、そしてある時、それよりもよい物を目にしてしまうと、今度はそちらが欲しくてたまらなくなってしまう。皆さんも、そのような経験をしたことが一度くらいないでしょうか。このように、欲望を叶えることで得られる満足は一時的なもので、しかもそれがさらなる欲望を招いてしまう場合すらあるのです。

 一方、欲望そのものを放棄したならば、さらなる欲望に悩まされることはありません。もちろん一般の私たちは、あらゆる欲望を完全に断つことなどできません。しかし「もうこれで十分」と、どこかで満ち足りることができなければ、人はいつまでも欲望に囚われ、欠乏感に悩まされ続けます。このように考えると、様々な漢訳仏典に表れる「少欲知足」という言葉が示すように、生きるうえで必要十分なところで満足できるようになることは、とても大切なことに思われます。

 市場経済が世界を支配しつつある現代では、いたるところに広告が溢れ、私たちの物欲が常に刺激され続けています。リーマン・ショックの直後には、強欲さに対する批判の声も一部から上がりましたが、経済が回復基調に戻り始めると、そうした声もすっかり聞かれなくなりました。しかし、エネルギー資源の枯渇や環境破壊といった、人間の欲望に起因する諸問題は、一向に解決の糸口が見つかっておりません。少欲知足という考え方は、決して時代錯誤的なものではなく、むしろ多くの物に囲まれて暮らす現代の私たちにとってこそ、切実な意味をもっているのではないでしょうか。

Home > 読むページ > きょうのことば > 欲望が満たされると楽となるが、欲望がなければそれ以上に楽である。

PAGE TOPに戻る

ここからサイトの主なメニューです