800年前の親鸞の思想研究の中で、効率主義の現代で人生を安心して生きるための「根っこ」を探究されています。挫折や遠回りも人生の糧にする「真宗学」をともに学び、学生と寝食をともにする学寮長としてのバタバタしながらも温かい日常も「大切な学びの場」と考える小川先生に話を伺いました。

先生のA面

難解な漢文の先にあった生き方を深める真宗学の魅力

Q.いま取り組んでいる研究はどんな内容ですか?

A.800年前の親鸞の思想を研究しています。漢文(※)を読み解く営みは現代とは無関係にも見えますが、親鸞が悩みながら紡いだ言葉は「これが人間の姿ではないか」「こういう生き方があるのではないか」と問いかけてくるかのようです。時空を超えて、今を生きるうえで大切なことを教わる感慨が、そこにはあります。

※当時、中国から伝わった経典などを正確に受容するため、仏教・学問の共通語が漢文であった

Q.親鸞の教えは現代の社会にも響く教えですか?

A.もちろん直接聞けないからこそ、何度も親鸞のことばに向きあい「(私たちにとって)本当に大切なこと」を確かめ続けなければなりません。そのプロセス自体が学びで、この「本当に大切なこと」を「真宗」と言います。自分の拙さや失敗も糧にしながら、何が大切なのかを確かめ続けること。それが真宗学です。

教員も学生もフラットに。問いの前にはだれもが等身大

Q.「この分野はおもしろい! 」と感じるのはどんな瞬間ですか?

A.難解な親鸞のことばの中に、突如「登場人物としての自分」が見えた瞬間です。「これは私のことだ」と気づくとワクワクして、研究を超えて自分の生き方を探究する楽しさが見えてきます。また、学生や同僚との対話から、思いもよらない視点に出あうとドキドキします。教員の私の方が知識は多いかもしれないけれども、知識の量だけでは解決しないからこそおもしろいですね。

Q.誰もがフラットに問い合える学問なんですね

A.日常の何気ない一言にも、研究の糸口はたくさんあります。自分と違う意見を聞くのは、時に自分が否定されるような辛さも伴うかもしれません。けれど不思議なことに、私にとってはそれ以上に「新しい発見ができた喜び」の方がずっと大きいと感じます。だからこそ、人との対話や研究室を離れた学びがやめられないんです。

辛い読解を乗り越えた先にある学問の本当の楽しさ

Q.学ぶ中で、学生が「成長する(化ける)」のは、どんなときですか?

A.学生が「難しそう」と腰を引いていたことに正面から向きあい、困難を突破しておもしろさに気づいた瞬間を見るのが本当に嬉しいです。ちょうど赤ちゃんが話せるようになる前に水面下でことばを蓄えているのと同じで、すぐ理解できなくても読み続ける中で溜まった知識が、ある時パッと実を結びます。「読めた! 」と実感したときの生き生きとした表情や、自ら進んで勉強を始める姿を見るのは、自分のことのように最高に幸せです。

Q.昔のことばを自身の中にインプットしていくことは大変ですね

A.真宗学の基礎となる漢文の読解ですが、高校で学習する機会が非常に少ないこともあって苦手な学生がたくさんいます。少しでも力になれたらと、数年前から課外で輪読会(※)を始めました。最初は読むだけで精一杯、意味なんて全くわかりません。意味不明なものを読み続けるのは、本当につらいと思います。しかし、そこから逃げると、その先にある本当の楽しさには出あえないんだと思います。

※一冊の本や資料を参加者全員が順に読み進め、内容について理解を深めたり、意見を交わす場。真宗では「ともに聞き、ともに問われる」場

コスパやタイパを超える。人間の根っこを見つめる場所

Q.この分野を学ぶと、どのような力が身につき、どのような職業・進路につながると考えますか?

A.真宗学は、すぐに役立つ「資格」にはならないかもしれません。長い人生を支える「根っこ」を学ぶ学問です。効率を求められる世の中では、失敗すると「全て無駄だった」と落ち込みますよね。しかし、草木が日照りをも力に変えて深く根を張るように、私たちも成功や失敗の全てを糧にして、今ここにいます。この先、何が起きても無駄なものは一つもありません。全てが自分自身として実っていきます。その安心感という根っこがあるから、日々を生きていける。真宗学科では、そんな人間の根っこを探究しています。 

先生のB面

ホッケーのピッチで培った自分を見失わずに進む強さ

Q.先生の学生時代はどんなことに熱中されていましたか?

A.中学から大学院までずっとフィールドホッケーをしていました。勉強より熱を注いだかもしれませんが、本当に打ち込めるものに出あえて幸せでした。各年代の全国大会や国体にも出場でき、当時の仲間は今も最高の宝物です。スポーツも今の研究や学生指導も、予期せぬ問題や困難にぶつかるのは同じです。そんなとき自分を見失わず「今できること」を模索して乗り越えるタフさは、間違いなくその経験が支えてくれています。

Q.今でも昔を思い出してスポーツを楽しんだりしますか?

A.今やすっかりオジサンになり、ジムで学生とすれ違うと「先生、お医者さんに運動しろって言われたんですか?」と本気で心配されます。「これでも昔は国体に出たんだぞ」と言っても半信半疑で信じてもらえず、情けないやら恥ずかしいやらといった感じです。しかし、そんなやり取りを通して「自分は思った以上に過去の経歴にこだわっていたんだな」と、ふっと気づかされるのも妙に楽しいものです。 

オンとオフを大切に。学生とにぎやかに過ごす代えがたい毎日

Q.普段の趣味、ハマっているものなど、先生を元気づけるものを教えてください

A.現在、大学の貫練学寮(※)で学寮長をしています。週に3日は寮に寝泊まりして、朝のお勤めや食事など、寮生たちと共同生活をともにしているんです。キャンパスでは見えてこない学生たちの素の姿を見られるのは、すごく楽しいですね。ただ反面、私の飾らない姿も全部見られているかと思うと、ちょっと複雑で気恥ずかしくもあります。だからこそ寮ではオンとオフを意識してなるべく肩の力を抜き、一人の人間としてフランクに接することを心がけています。 
 
※男子寮である貫練学寮。自然に囲まれた高台にあり、 近くには新大宮商店街や上賀茂神社があります 

Q.学生たちとの共同生活は刺激がもらえそうですね

A.今では珍しくなった規律ある共同生活ですから、多少のトラブルはあります。しかし、それも糧にして人生を豊かにしてほしいと願っています。気づけば寮生より親御さんとの年齢が近くなり、一度にたくさんの息子ができた感覚で成長を見守っています。娘が小さい頃は一緒に遊びながら「見た目はオジサン、中身は小学生」などと言われましたが、今は「中身は大学生」にまで成長して、彼らから元気をもらっています。そんな風に、同じ目線でにぎやかに過ごせる毎日は本当に何物にも代えられないですね。

PROFILEプロフィール

  • 小川 直人 准教授

    文学部 真宗学科

    【専門分野】
    真宗学/親鸞の思想/中国浄土教

    【研究領域・テーマ】
    真宗学/親鸞の思想/日本浄土教/中国浄土教

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