教員紹介
先生のA面・B面
異界の物語から、リアルな人間を見つめる
鴨川の余白から始まった研究。不思議な物語の裏にあるリアルな人間社会

18世紀ドイツの児童文学を軸に、情報氾濫の時代に流されない「ワンクッション」の思考力を養う大切さを伝えます。家業を継ぐ予定から一転して学問に魅了された過去や、感性をはぐくんだドイツ留学を通して、座右の銘「継続は力なり」の真意に迫ります。

A.18世紀ドイツ文学を、研究しています。現代文化の基盤となったこの時代は、今の私たちの問題を考える上でも重要と考えています。特にヨハン・カール・ヴェツェルという作家に親しみ、彼が子どものための作品や学校設立まで考えていたことを機に、現在は18世紀ドイツの児童文学を中心に研究しています。
A.児童文学を読むと、大人としての未熟さや偏見、傲慢さに気づかされます。人間がより良く生きるためのヒントや、平和の尊さ、誠実さといった大切なメッセージが至るところに散りばめられているからです。18世紀ドイツの児童文学を通し、「いま私たちが人間らしく生きるには」を考えています。
A.児童文学で、己の未熟さに気づいたとき「おもしろい! 」よりも「助かった! 」と感じます。知的欲求を超えて、こころが救われるこの新体験に、確かな研究の手ごたえを感じるんです。また、年に数回ですが、文献がドイツ語であることを忘れるほど深く理解できる瞬間があり、そのときは時間を忘れるほどの興奮に包まれます。
A.それは、パズルが解けた瞬間の楽しさに似ています。母語と異なる言語を自力で理解する不思議や、時代も地域も違う文学が現代の悩みをひも解くヒントになる驚きです。「自分でひも解くからこそおもしろい」と高揚し、ドイツ文学という学問に出あえて本当に世界が広がったと感じています。
A.学生の成長には、人間的な成長・知的な成長の2種類があります。ゼミの発表や討論では、学生たちがお互いの得意・苦手を敏感に察し、自然と助けあう姿に感心させられます。若い彼らの鋭い感性と柔軟性が生む他者との関わりを通して、学生たちが人間的に大きく成長していくのを肌で感じるんです。
A.一番は、4年生の卒論執筆期でしょう。1年生の頃は苦手だったレポートも、最後は自分で論理的に表現できるようになります。草稿(※)をかなり厳しく添削すると驚かれますが(笑)、アドバイスを素直に受け入れ、自信なさげな姿だったのが口述試問では堂々と意見を話します。入学時からの学力のその伸び幅の大きさには、毎年驚かされます。
※文章や原稿の「下書き」。正式な形にする前段階の仮の作成物。
A.資料を探し、読み解き、論理的に自説を展開する力が身につきます。AI時代に地味な能力に思えますが、情報が氾濫する今こそ、鵜呑みにせず自分で考える「ワンクッション」が必要。大学で培ったこの知的基礎体力は、自転車の乗り方のように生涯にわたって役立ちます。
A.西陣の織屋(※)に生まれて、家業を継ぐはずだった私は、ドイツにも文学にも興味がありませんでした。しかし大学で学び始めたドイツ語がおもしろく、ネイティブの先生に伝わった喜びが原点になります。ことばが好きになり、後から文学に出あうという逆の道を歩んだからこそ「未翻訳のものを読みたい」と、今の研究テーマにつながりました。
※織屋(おりや)は着物や帯などの織物を製造・販売する業者や家。別名で「機屋(はたや)」。
A.大学院時代に2年間ハイデルベルクへ留学し、オペラや芝居、広大な美術館での名画鑑賞など、芸術に夢中の毎日でした。マンハイムやウィーンへ足を運び、ゆったりと過ごした時間は今も私の栄養です。感受性がまだ柔軟だった学生時代に、こうした本物の芸術に深く溺れる経験ができたことを、こころからありがたく思っています。
A.小学生から弾き続けるギターは、今も気分転換に欠かせない一生の趣味です。エレキギターの音色に魅了され、やがてこの熱が名ギタリスト井上堯之(いのうえたかゆき)さんとの深い交流に導き、至福の生演奏体験という奇跡的な出あいも連れてきてくれました。私の人生を豊かに彩るギターは、今も大切な相棒です。
A.座右の銘は「継続は力なり」です。大学で学び始めてから今日まで、ドイツ語に触れなかった日は一日もありません。調子に波はあっても毎日練習を重ね、このことばで仕事ができるようになりました。少しの失敗で立ち止まらず、まずは「もう少しだけ続けてみる」ことの大切さを、学生にも伝えたいです。


廣川 智貴 教授
国際学部 国際文化学科 教授
【専門分野】
ドイツ文学/文化
【研究領域・テーマ】
18世紀のドイツ文学