サッカーや小説をきっかけに、文学や歴史にも広く関心を持ってきた八田さんは、大学で受ける授業を通して、今まで「知らなかった」ことがとても面白く感じられ、どんどん知識を吸収しています。のめりこむほど面白い授業がある一方、人見知りのため、なかなか先生に話しに行けないという一面も。幅広い関心と持ち前の向学心をさらに燃やして、目の前に広がる世界の探究に出かけます。

01 大学で授業を受ける準備はできていた

浅若:大谷大学を受験しようと思ったのはどうして?
 
八田:私が通ってた高校に大谷大学の高大連携プログラムがあったんです。私の仲良い先輩がそれを受けてて、良いよって聞いてて。それで私も高校1年生の時に授業を受けさせてもらったんです。その授業で小論文とかレポートの書き方を教えていただいたときに、すごい褒めていただいて、それがすごい嬉しくて。
 
それ以降、レポートは他の人よりは上手く書けるのかなって自信がついたので、他の授業も受けるようになったんです。最初は、大学では文学系に行きたいと考えてたんですけど、3年生の頃には国際系も候補にしてて、文学系にしろ国際系にしろ、大谷大学には両方あるなって思って。それに自分がよく知ってる授業もあって、やりたいなと思って指定校制推薦で入学しました。
浅若:僕は高大連携プログラムについて詳しく知らないんだけど、高校生向けにそんなに広く授業をやってたの?
 
八田:高校への出張授業っていうのもあって。そこで廣川先生の講義も受けました。世界の多様性についての授業で、世界にはいろいろな人がいるっていうことを知って、すごく面白かったです。それで大学に入ったら、廣川先生が担当の先生だったのでびっくりしました。しかも、私のことを覚えてくださってて。私は授業を受けてる側なので先生のことはわかるんですけど、先生がたくさんいる生徒のことを覚えててくださるのってすごいなと思って。廣川先生は褒めてのばしてくださるタイプなんですよ。褒められると嬉しくなって頑張っちゃいます(笑)。
 
あとは、文学科の中川先生の授業も受けました。レポートの書き方を教えてくださったのは中川先生なんですよ。それと高校3年生の時、大谷大学がやってる「文藝コンテスト」っていうのにも出させてもらって。賞とかは取ってないんですけど、自分の中で高校の最後に何かやりたいなと思って、高校の卒業論文的な位置づけで取り組みました。
 
浅若:じゃあ大学で授業を受ける準備はできていたんですね。大学に入ってみてどうですか?
八田:いい意味で、ギャップはなかったです。ずっと自分が思っていたことの答えを埋めていく感じがします。授業を聞いて「あ、そうやんな」って。自分が思っていた問いが解決する感じが半分くらいで、あとの半分は新鮮です。
 
浅若:新鮮なのはどんなところ?
 
八田:大学って、すごい自由じゃないですか。私はあまり寄り道ができない性格なので、自由な人を見て、みんなはこういうふうに生きてるんだっていうのを知れるのが、自分の中では新鮮ですね(笑)。

PROFILEプロフィール

  • 浅若 裕彦

    文学部国際文化学科 教授



    1995年京都大学文学研究科博士後期課程単位取得退学。文学修士。1996年大谷大学専任講師。2002年大谷大学助教授。2007年大谷大学准教授。
    英語小説に用いられる様々な技法、中でも自由間接話法とその表現効果に関心を持っている。自由間接話法の発達の歴史の中でよく言及されるのが、イギリスの作家ジェーン・オースティンだ。この技法自体はオースティンよりずっと古い時代から存在していたが、彼女はしばしばパイオニア的存在として扱われる。彼女がこの技法の発達の過程で果たした役割について、さらに考えていきたい。



  • サッカーをきっかけに中学生の頃から韓国語に興味を持ち、高校生の頃には小説をきっかけに文学や歴史にも関心を持ってきた。高校の時に先輩に勧められた授業で大谷大学を知り、受験。大学で受ける授業を通して、今まで「知らなかった」ことがとても面白く感じられ、どんどん知識を吸収している。
    のめりこむほど面白い授業がある一方、人見知りのため、なかなか先生に話しに行けないという一面も。幅広い関心と持ち前の向学心をさらに燃やして、目の前に広がる世界の探究に出かける。