「文化の首都」である京都にあこがれを持ってやってきた佐藤さんは、中国語やアメリカの女性史など、初めての学びに大いに刺激を受けています。留学によって視野が広がり、成長できることの魅力について先生から教えられ、次の語学研修もさらに楽しみになりました。「遠くの景色を見ようと思ったら、自分がレベルアップしないといけない」と、4年間の学びの大切さを説く先生の話に耳を傾け、意欲的に行動していこうと決意しています。

06 世界史の中で活躍してきた女性たち

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渡部:興味がある授業は何ですか?

佐藤:「英米の文化3」っていう授業があって。アメリカの女性史を学ぶっていう授業で。ちょうど時間が空いてて取れるから取った授業なんですけど、どういう変化があってどういう位置づけで女性が社会進出をしてきたかっていうことをやってます。歴史で有名な人はほとんど男の人で、なんで女性が出てこないんだろうなってずっと疑問に思ってたので、興味深いです。あとは「建築史」っていう授業を取りたいと思ってたんですけど、今年は休講になってまして。来年取りたいと思います。

渡部:アメリカではウーマンリブ(※)とかあってね。私が大学生の時も、アメリカ人の英語の先生が「アメリカでは結構女性が低く扱われてる。そういう社会だったのでウーマンリブも生まれるんです」って話してましたね。

佐藤:中国って、男女の差はどうですか?

渡部:大きいですね。長いこと王朝が続いたでしょ。女性は男性と全然違う、差別された社会でしたね。一時期は共産党が実権を握って、男女ともに働きましょうって言って、だいぶ社会に出てくるようになって来ましたけど、近年、学会で誰かが発表しててね。女性が家庭の中で男尊女卑的な扱いをされてきていると。女性は家庭の中で家事と子どもの教育だけやってればいいという風潮があると。またそういう風潮が復活してきたのかな。
でも中国のいろんな英雄は、奥さんが支えてきたっていう事実があるんですよ。辛亥革命の孫文にしても、奥さんの宋慶齢(そう れいけい)は、孫文が亡くなった後も共産党の中に入ってめきめきと政治的な力を発揮するんですけど、人民からすごく敬愛されてたんです。常に人民のことを考えていた政治家だったので、葬儀も一般の人が参加したりして。

佐藤:その時は、女性の政治家っていうのはたくさんいたんですか?

渡部:中国共産党は男女平等なんです。力があるなら女性も職に就いていい。そういう面では女性が活躍する場が与えられていた面はありますね。辛亥革命後は、結構女性も活躍する場面が増えてきます。伝統的な王朝が倒れて、これから新しい時代がやってくるんだってことでね。その辺はまた2年になったらゼミとかありますから。ゼミでは、自分がこういうことをやりたいなってことをやらせてもらえると思いますんでね。
(※ウーマンリブ……1960年代後半からアメリカで起こった女性解放運動。)

PROFILEプロフィール

  • 渡部 洋

    文学部 国際文化学科 教授



    1960年大阪府生まれ。1986年北京大学中文系卒。大阪外国語大学中国語学科に復学後卒業。神戸市外国語大学修士修了。大阪市立大学中国文学研究科博士後期課程単位取得退学。文学修士。大谷大学文学部特別研修員を経て、1995年に大谷大学文学部着任。
    中国に於ける話し言葉の歴史的変遷を研究対象としている。方法としては、各時代の口語資料の中の語句を抽出分類し、その特殊性を捉え明らかにするというもの。現在元・明代の副詞の活用状況と文字表記の変遷を中心に研究している。



  • 「文化の首都」である京都にあこがれを持ち、国際文化と宗教について学べる大谷大学が自分にぴったりだと思い、入学した。中国語やアメリカの女性史など、初めての学びに大いに刺激を受けている。
    留学によって視野が広がり成長できることの魅力について、また「遠くの景色を見ようと思ったら、自分がレベルアップしないといけない」と、4年間の学びの大切さを説く先生の話に耳を傾け、意欲的に行動していこうと決意している。