特集
「ことば」の裏から世界を読み解く、文学研究の魅力
文学を通して社会に向きあい、知的な探究と発見の道を開く

京都は世界的な歴史観光都市として大勢の外国人が訪れるまちです。情報があふれる今、京都は世界からどのように見られているのでしょうか。また、あなたは京都にどんなイメージを抱いていますか。デジタルメディアや映像文化、異文化コミュニケーションを研究し、映像制作者としても国際的に活動してきたカロリーネ ベルグマン講師は、授業でも「京都そのものだけでなく、私たちは京都をどう見ているのか」という問いを大切にしています。メディアを通して文化がどう見られ、表現され、伝わっていくのかを考えてきた視点から「京都」の捉え方、伝え方を考えます。
「京都」のイメージといえば、神社仏閣、朱塗りの鳥居や舞妓・芸妓、着物、抹茶などが思い浮かぶかもしれません。しかし、それらは実際にあなたが京都を訪れて目にしたものでしょうか、それともメディアなどを通して頭の中で作られてきたものなのでしょうか。
海外では、京都を直接描いた作品に限らず、日本文化を描いた映画などが「京都」をイメージするきっかけになることがあります。映画では寺院や庭園、竹林、和装など、視覚的に印象の強い要素が選択され、繰り返し描かれてきました。そうした「選ばれたイメージ」は、たとえ撮影地が京都でなくても、海外の人々にとって京都や日本文化を想像する一つの手がかりになっています。
こうした映像が京都に興味を持つきっかけにもなります。大切なのは、そうした典型的なイメージを入口に実際の京都にあるさまざまな表情を知っていくことです。
かつて観光地などのイメージを作ってきたのは、映画やテレビなどの大きなメディアでした。しかし昨今は、個人の小さなSNS発信もイメージ作りに影響を与える時代です。だれでも旅先で撮ったものをInstagramやTikTok、YouTubeなどで手軽に世界へ発信することができます。極端にいえば、今日の観光客が明日の観光客のためにイメージを作っているともいえます。
つまり、あなたが京都で撮った写真をSNSでシェアするとき、それは旅の記録を発信しているだけでなく、京都のイメージ作りの一端を担うことにもなるのです。デジタルメディアの大きな可能性として注目したいのが、この「参加できる」という点です。写真や動画の撮影、編集、コメント、シェアなどを通して、私たちは文化のイメージを受け取るだけでなく、自分自身もその形成に関わることができます。
旅先でスマホのカメラを起動させるとき、そこに何があるのでしょうか。おそらく惹きつけられる何かがあったのでしょう。そこから自分が文化をどう見ているかに気づき「なぜ自分はこれを撮ったのか」「他の人にはどう見えるのか」と文化と対話していくことは、考える力が求められる今の時代にとても大切なことです。
SNSに上がっている一つひとつの投稿は、文化をそのまま映し出しているだけではありません。そもそも文化は、昔から変わらず存在する伝統やルールとは限りません。人々がどう関わり、どのような意味を与えるかによって、文化の意味も変化していきます。そのことがよくわかるのが、京都の象徴の1つである「着物」です。
もともと着物は、日本の歴史や暮らしの中ではぐくまれてきた文化的な背景があります。しかしSNSを見ていると、その背景から離れて「旅行の記念」「ファッション」「自己表現」など新しい意味を感じさせます。大切なのは、それが「本物」かどうかを判断することだけではありません。使われ方や見せ方、共有のされ方によって、文化的なモノに新たな意味が生まれていく——その変化にも目を向けてみましょう。
着物を「京都らしいアイテム」として取り込むことで、特に意識はしていなくても自分流に文化を演出するとともに、それを撮影・編集してシェアすることで自分が着物をどう捉えたかが発信されます。その多様な意味づけを世界中の人と共有できるのがSNSの魅力かもしれません。一方で、SNSでは「映えるもの」「投稿したくなるもの」が目立ちやすく、さらにプラットフォームのしくみによって、どの投稿が多くの人に届くかも変わります。その結果、ある「京都」は見えやすくなり、別の「京都」は見えにくくなることも意識しておきたいものです。
SNSの中には発信する人の数だけ多様な「京都」があり、実際の京都にはそれを遥かにしのぐ新旧さまざまな表情があります。観光地である前に人が暮らし、働き、学ぶ「生きたまち」であるのが京都です。だからあなたも実際にまちを歩いて、自分の目で見て京都らしさを考えてみましょう。カメラを片手に歩くと、同じまちでも人によって見えているものが違うことに気づくはずです。
スマホカメラだけでなく、フィルムカメラやモバイルスキャナなど、道具を変えてみるのもおもしろい方法です。まちや建物全体を撮るだけでなく、壁や床の表面をスキャンしてみると、まちの表情がまったく違って見えてきます。いろいろな距離や方法でまちを観察して自分が気になったものを切り取って表現してみるという繰り返しの中で、次第に「自分はこう見る」という視点が見つかっていきます。
自分の目で見て、自分なりに考えて表現することは、メディアの情報をうのみにせず、物事を多角的に捉える力にもつながります。この「見る・考える・伝える」を繰り返すことで、文化や世界を捉える視点も少しずつ広がっていくことでしょう。
写真や映像、SNSを実際に使ってみることも、メディアと文化を考える方法の一つです。ドイツ研修旅行では、学生たちとInstagramでよく見られる動画フォーマットを使った二つのグループ課題に挑戦しました。一つは制作過程も含めて見せる動画、もう一つは学生一人ひとりのカメラショットをつないで短いストーリーを作る動画です。
制作過程もあえて見せながら、映像の「トリック」と、それを一緒に作る楽しさを共有する動画。
学生一人ひとりがカメラショットを担当し、それらをつなげて短いストーリーに仕上げた動画。
ここで大切なのは「完璧な動画」を作ることではありません。実際に撮影・編集・共有してみることで、何を撮るか、どう見せるかによって、同じ場所や経験でも異なるイメージが生まれることを体験します。今回は「旅」や「ドイツをどう表現するか」がテーマでしたが、京都文化の授業では、同じ方法を京都の観察・解釈・表現につなげていきます。
身近なSNSの形式から始め、少しずつ新しい表現方法を試しながら、最終的には「自分はどう見るのか」を考え、自分のアイデアを形にしていくことをめざします。
メディアがつくってきた「京都」を入口に、実際に訪れて観察し、表現して発信してみましょう。それが文化と対話することにつながります。
自分ならSNSで京都をどう発信するか——京都文化学科で自分を表現することを楽しみながら京都から日本、世界へと文化の奥深さに迫ってみませんか。


お話しいただいたのは…
国際学部 京都文化学科(2027年4月~)
カロリーネ ベルグマン 講師