自らの執筆に生かすために、これまで手を出して来なかったジャンルの小説も読むようになった西本君は、リアリズムを基本にして書いていくことの難しさを痛感しています。自分が考えるストーリーに合う形で病気を作り出したり、盛り上がる場面を書きたいから登場人物を死なせるという安易な書き方は卒業して、書き手として一歩踏み出してほしいという先生からのアドバイスを受け、卒業制作に向けて気を引き締めています。

05 「バッドエンドかハッピーエンドか」ではない

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西本:病気って、最近はバッドエンドを作るには必然的って捉えられている気がして。殺人より簡単に使えるっていうのもあって、病気という設定が使われがちっていうのはあると思います。そういうのは、自分でもテンプレートのような気がして良くないなっていう気がしています。新しい構成でハッピーエンドやバッドエンドを書けるようになりたいなとは思っているので、もっといろんな作品を見ないといけないと思います。
 
國中:私が若い頃は「バッドエンド」っていう言葉はあまり使われなくて、文学の話の中に「ハッピーエンド」っていう言葉が出てくることもあまりなかったかもしれない。バッドとグッドの間に明確な線を引かなかったような気がします。人が死んだら悲しくてバッドかって言えば、そんなものでもないでしょ?
トルストイの『戦争と平和』も、僕はハッピーエンドだと思えないところがあって。例えば、ラストシーンで、ヒロインが肥満のおばさんになっちゃうでしょ。肥満自体が悪いんじゃなくて、若い時にとてもつらい思いをしているヒロインの可憐さや健気さがすごく印象的で美しかったのに、平和になって生活が安定してくると、贅沢三昧になってぶよぶよに太っちゃう。それがトルストイのリアリズムだと思うんですけど、ハッピーでもバッドでもないというか、両方でもあるというか。
 
つまり、優れた文学作品というのは、規模や言語は違っても、結局バッドでもハッピーでもない、あるいは両方を兼ね備えているものではないかと思います。夏目漱石にも、いわゆるハッピーエンドの作品はないんじゃないかな。だから文藝塾の人には、ハッピーエンドとかバッドエンドとかを、当たり前のように言ってほしくないですね。どちらでもないようなものが優れているとするならば、あんまりそういう(優れた)作品を読んでいないんじゃないのかな?そう考えると、ライトノベルにはある種の罪があるんじゃないかなと思います。
西本:そうですね、ライトノベルは極端にどっちかに寄っちゃうので。例えば主人公にめちゃくちゃハッピーなことがあっても、最愛の人を亡くしたら結局はバッド、っていう考えに無理やり持ってかれちゃって、その前のエピソードがフル無視されちゃうんですよね。
 
國中:若い人が共感しやすいっていう長所はあると思いますけど。皆さんには、書く前に優れた作品をたくさん読んでもらいたいと思いますね。大学生くらいで古典的名作をほとんど読んでいないとなると、言いたくないけど、もしかしたら手遅れかもしれない。感受性や文学的嗜好が養われる大事な時期が10代だと思うので、20代になってから古典を読んでも、理詰めで納得することになってしまうんじゃないかな。自然に心に染みこむみたいに共感しないと、自分が書く時になかなか難しいと思います。
 
文藝塾の講義で「恋愛小説に悲劇があると知ってびっくりしました」って感想を書いてる学生がいて、こっちがびっくりしちゃいましたね。だって主な恋愛小説って、悲恋の方が圧倒的に多い。ハッピーな恋なんて、極端に言うと文学にならないんですよ。屈折がないから。西本君にはこの先、そういうことをふまえて書いてほしいなと思っています。

PROFILEプロフィール

  • 國中 治

    文学部 文学科 教授



    早稲田大学政治経済学部政治学科卒業、東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程(日本近代文学専攻)単位取得満期退学。韓国大田広域市大田実業専門大学専任講師(日本語および日本事情を担当)、神戸松蔭女子学院大学文学部総合文芸学科教授などを経て、現職。
    昭和前期を代表する詩誌「四季」の文学者たち、特に三好達治と立原道造と杉山平一を中心に研究している。この3人は資質も志向も異なるが、詩形の追求と小説の実践、それらを補強する理論の構築に取り組んだ点では共通する。時代と社会にきちんと対峙しえなかったとして、戦後、「四季」は厳しい批判にさらされる。だが、日本の伝統美と西欧の知性を融合させた「四季」の抒情は奥が深くて目が離せない。



  • 高校の先生の勧めで大谷大学を知り、創作できる場所もあるということに惹かれ、入学。1年生の時の対談以降、自らの執筆に生かすために、これまで手を出して来なかったジャンルの小説も読むようになった。
    入学当初からの目標だった卒業制作は、教員による事前審査に合格。リアリズムを基本にして書いていくことの難しさを痛感しながら、「書き手として一歩踏み出してほしい」という先生からのアドバイスを受け、卒業制作に向けて気を引き締めている。
    また、将来は出版社を中心に、自分の文章力が活かせる職業を希望している。