哲学研究の切り口から「見る」「読む」「考える」

藤枝:大学院に進学したきっかけを聞かせて下さい。

奥田:学部の卒論でフッサールの「他者経験」について書いたのですが、卒論でやりきれるようなテーマではなかったので、このまま研究を続けたいと思ったのが修士に進学するきっかけでした。

藤枝:修士に入ってみてどうでしたか。

奥田:その当時はバックグラウンドリーディングといって、哲学史上において重要な本から先生と学生が話し合って10冊ほどに決めるんですね。そこからひと月に2冊ぐらいのペースでその哲学書を全員が読んできて授業内で議論していました。修士1年目は、自分の研究に割ける時間はそれほどなく、広い分野の哲学書を読んで理解し、議論するという訓練をたくさんしていたと思います。

藤枝:大学院を担当していた先生方の工夫だったかもしれませんね。修士課程は短いので、どうしても専門の研究を「とにかく急いでするんだ」っていうような考え方も一方では当然あるのですけど、専門の研究をするにしても哲学全体の中で、自分が関わっている哲学者や研究が、どのように位置づけられているのか分かっていないといけませんよね。そのために、広く哲学史上の必読書と呼ばれる物をたくさん読んでいくっていう訓練をしていたわけですね。

藤枝:博士課程への進学について、当時の決心というか自身の思いはどうでしたか。

奥田:日本ではドクターコースに行くとその先の職業選択が狭まるのと、指導教員はいるものの自分の研究をまとめながら、ひとりでどんどんやっていくプレッシャーがあったので、修士進学のときよりは悩みました。
修士に続いてフッサールを研究しましたが、読むものの幅がどんどん草稿や断片へと広がっていくので「時間との闘い」でしたね。膨大で多様な文献を読むしんどさがあった一方で、この時代にはこんなことを言っていたのか、というのが結びついていく面白みもありました。

藤枝:学内活動に加えて、学外での研究活動や学会発表など色んな交流の場所があったと思います。何か印象にあったことはありますか。

奥田:出来るだけ学会に参加していました。同年代の若い研究者たちと発表について話していると、皆がどうやって研究しているのかが見えてきました。私がやっているフッサール研究であっても、自分が扱っている範囲以外のフッサールをしている人の話は、難しかったりして「まだまだ分からないことがいっぱいあるな」と感じることもありました。自分が発表したときは、発表を聴いていた人や大先輩である先生方が声をかけて下さって、緊張もしましたが面白い刺激でした。
学会以外では、同じ現象学を専門とする近畿圏の博士課程の学生やポスドク、他大学の先生方と定期的に読書会を開いたり、現象学で有名な先生が他大学でされている授業に参加させてもらったりもしていました。研究の面、研究者間の交流の面でも、さまざまな形でお世話になりました。

奥田:テキストを批判的に読む力、つまりいろいろな角度から「見る」「読む」「考える」力や、そしてそれをまとめて書き上げる力は、大学院の学びを通じてすごく身に付いたと思います。

生徒の「英語プレッシャー」を和らげる入口役

「外国語を知らない者は、自分自身の言語(母語)について何も知らない」(J.W. ゲーテ)
「外国語を知らない者は、自分自身の言語(母語)について何も知らない」(J.W. ゲーテ)

藤枝:その後の進路についてお聞かせ下さい。

奥田:現在は、大阪の公立高校で英語教師をしています。まだ教職のことを一片とも考えていなかった博士課程の1年生の頃、ある先生に頼まれて修士の哲学専攻の学生にドイツ語の基礎を学び直させてほしいと、2週間ほどドイツ語の「なんちゃって講師」役を引き受けました。「教える」という経験はそれが初めてで大変でしたが、非常に楽しい経験でした。
その経験とドクターを終えてからの進路への不安もあり、教員免許を取ろうと考えたのが始まりです。大学の事務局へ相談したら、社会科系は募集枠が少ないから英語がおすすめだと言われて、ずっと外国語は好きでやっているので、英語なら教えられるかなと。
その後、教員実習で中学校に3週間行きましたが、毎日新しいことをグングン吸収していく生徒たちを見て、ある種の感動を覚えました。教員という職は、そういった面でも新鮮でやりがいのある仕事だと思い、それらのことが、おいおい英語科教員に進む大きな動機となりました。

藤枝:大学院を修了して、どれくらいで採用試験を受けて採用された感じですか。

奥田:塾で1年、私立の高校で2年間非常勤をしながら受けて、3回目ぐらいでようやく採用されて、それからずっと大阪府立高校で働いています。

藤枝:高校での教員としての仕事は多岐にわたると思うのですが、現在はどのような業務をされていますか。

奥田:英語科の教員なので英語の授業をメインで教えていますが、他にも例えば今年度は、外国文化に興味のある生徒が選択する異文化理解に関する授業もしています。「異文化」といっても、わざわざ国外に出なくても「異文化体験」しているんだよ、というところから授業を組み立てます。また私自身がさまざまな言語に触れてきたからこそ、英語はあくまでも「そのうちの1つ」だと伝えるようにしています。「英語はできないといけない」と思っている生徒が意外に多いので、自分で興味を持った国でも良いから、それを入口として、さまざまな言語、文化に触れていってもらいたい。生徒がなんとなく感じている「英語プレッシャー」を和らげてあげたい、その入口役が英語教師かなと思います。

留学先で日本の英語教育政策を考察

マンチェスター大学のメインキャンパス
マンチェスター大学のメインキャンパス

藤枝:高校教員を休職して1年間イギリスのマンチェスターに留学されたきっかけなどについて教えて下さい。

奥田:学部時代から、がっつり留学したいとは思っていたんです。私立の学校で働いているときに公立学校の教員には大学院修学休業制度があることを知り、その制度を利用して休職し留学へ行きました。
留学したかった大きな理由の一つとして、目まぐるしく変化する日本の英語教育の政策について、一度現場を離れてゆっくり考えたいっていうのがありました。留学する以前から留学フェアなどに行って、さまざまな大学のプログラムや入学システムについて調べたりしました。
3つ願書を送ったなかで1番行きたかった大学は、言語学研究の経験がないとのことで、残念ながらオファーがもらえませんでした。残りの2つのどちらに行くかと悩んだ結果、メールでのやり取りのレスポンスの迅速さと、WEBサイトの情報もしっかりしていて、取りたい授業もあったのでマンチェスターに決めました。行ってみたらちょうど良い規模の街なんでマンチェスターで良かったなと。

留学中、スペインの大学の先生に質問する奥田さん
留学中、スペインの大学の先生に質問する奥田さん

藤枝:1年間の留学期間っていうのは本当に忙しかったんじゃないですか。

奥田:2学期制なんですけど、私のコースの同期が20数名で、3分の1ぐらいが私みたいに言語学をやったことがない人でした。ファーストセメスターで登録した4つの授業のうちの2つの必修授業は、予習の量が多いのと習ったことのない内容だから、スッと入ってこない。そのうえ概論書の**章を読んで「この問題に答えよ」という宿題が毎週出て、ひとりでは埒があかないので、毎週2回ほど4~5人で集まって勉強会をしていました。毎日毎日目まぐるしく日々が過ぎましたね。
2つ目のセメスターが始まる頃には、ある程度効率的に読む方法や調べる方法も身に付いてきたので少しずつ余裕が生まれました。
登録可能上限以上の授業も「聴講」という形で受講させてもらって、自分が最初予想した以上に面白い分野、学問がそこにはありましたね。

藤枝:新しい世界が広がったような感じですね。確かに哲学と言語学、隣接領域ではあるけど専門の研究とは違うと言っていい環境に飛び込んでいった奥田さんの行動力、実行力は素晴らしいと思います。色々苦労もあったと思いますけど。

ちょっとの遠回りでも、それが「近道」に

奥田:教員になりたい人に伝えたいのは、卒業してすぐに教員にならなくても良いよ、ってことだと思います。いろいろなことを経験してからの方が、知識の幅も増えると思いますし、度胸もつくと思います(笑)。卒業後すぐの、次の4月から働く採用試験に落ちたから「ダメ」じゃなくて、ちょっと違うことをしてからでも「あり」かなって。
学部卒ですぐに教員にならなくても、大学院あるいはそれ以外の何かでも良いと思います。実際、民間で働いてから採用される教員の方もいらっしゃいます。どうしても日本では、中学卒業と同時に高校へ進学し、高校は3年で卒業、出来るだけ浪人せず大学へ、大学3年生ぐらいから進路について考え始めるのが「普通」となっていますが、それだととても忙しくて、さまざまな経験をする暇がないんじゃないかな。
私は、かなり蛇行しながら人生を歩んで来ました。家族や周りの理解もあって出来たことかもしれませんが、そういうのもありだなと思います。

PROFILEプロフィール

  • 奥田 万里子(Okuda Mariko)

    大学院 博士後期課程 文学研究科 哲学専攻

    大谷大学文学部哲学科卒業(2000年3月)
    大谷大学大学院修士課程文学研究科哲学専攻 修了(2002年3月)
    大谷大学大学院博士後期課程文学研究科哲学専攻 単位習得満期退学(2010年3月)
    マンチェスター大学大学院言語学修士(MA Linguistics) 修了(2020年)
    ※大学院修学休業制度により留学
    大阪府立高等学校英語科教諭(2014年~現在)

  • インタビュアー/藤枝 真 准教授

    大学院 人文学研究科 哲学専攻