現在、カリフォルニア大学バークレー校の博士課程に在籍されている本学大学院修了生の和田良世さんに、大谷大学大学院での研究内容や魅力、学んだことを語っていただきました。

大谷大学で学ぶ「真宗学」

井上:京都大学で仏教学を勉強していた和田くんが、大谷大学の大学院修士課程で真宗学を勉強しようと思ったことについてお話いただけますか。

和田:大学受験から大谷大学を併願していて、京大か大谷かの2択でした。実家がお寺で私が長男なので、もともとは大谷派教師資格を取って卒業して家に帰るようなイメージをしていたんですが、高校の先生が「京大にも仏教学があるよ」って話をされて。

井上:京大に行くとしたら仏教学しか専攻するつもりはなかったのでしょうか?

和田:そうです。高校1年生のときの担任の先生が『歎異抄』好きな数学の先生で、三者面談にあわせて色んな進路を調べてくれました。それがきっかけで、両親とも大谷以外の選択肢について話をしました。京大なら仏教学があるし、大谷も同じ京都市にあって近いので、両方受けてみて、もし京大に行ければチャンスを広げる意味で、より幅広い仏教、インドの言葉も学べるかなという思いがありました。なので京大で仏教学を勉強していたときも、修士は大谷の真宗学に行くイメージを持ちながらでした。どうしても他大学に行ってから真宗学へと考えていたというよりは、もともと大谷の真宗学に行くような予定でいたところ、他の選択肢が出てきて、足を踏み入れたって感じです。

井上:実家は長野の真宗大谷派のお寺ですが、お父さんも大谷大学真宗学科のOBですか?

和田:そうです、父は学部と修士の両方真宗学です。博士にも行くつもりだったそうなんですが、私の祖父が早くに亡くなって急に帰らなくてはいけなくなって断念したそうです。そういうこともあって私の進路を応援してくれています。

井上:最初から真宗学をやるつもりではいたんですね?

和田:そうですね。もともと自分の人生の見通しでは、仏教学をやるのが頭になくて。学部にしろ院にしろ、どこかでは真宗学に行くもんだと思い込んでたので、修士に上がった時も仏教学ではなく真宗学に出願しました。

井上:学部で仏教学をやった人が修士からいきなり真宗学に進むのは大変じゃないかなって、最初は疑問に思っていたんですけど、最初からそのようなコースを決めていたんですね。実は、仏教学の基礎を身につけた上で親鸞の著作を読む方が、その思想的意義はよく分かるので、そういう意味では和田くんの選択にはプラス面もあったと思います。

他大学からの進学でも孤独を感じず学べた

和田:学部の卒論では「一闡提(いっせんだい)」(icchantika)について、一般に「仏になる 可能性ゼロの人、仏性のない者」と理解されているけれど『涅槃経』のなかで実際にどのように説かれているのかを課題としたので、その興味の延長のような形で修士課程では親鸞の仏性論を研究しました。
真宗学の学科独自の基礎が全然なかったので、どういうことに関心があるかっていうのが自分自身でも分かってなくて、親鸞はどういう風にその一闡提を見てるかなというところで研究テーマを決めました。

井上:修士の2年間で大谷派教師資格も取るってなると、かなり授業のコマ数が多くて大変だったかな?修士の専門科目とそれに加えて教化学や声明作法の授業もあったと思うけど。

和田:大変といえば大変でしたけど、私は真宗学だったので専門科目が教師資格単位と重なるところもあって、そんなにびっちりのスケジュールではなかったです。同期には真宗学にもう1人、仏教学に2人、仏教文化に1人他大学から入ってきた仲間がいたんですけど、全員2年間で取りました。

井上:真宗学科の教員としては、寺院子弟が他大学の学部に行ったとしても、やっぱり教師資格を取る必要もあるだろうから、卒業後に大学院の修士課程か学部3回生編入で真宗学の基礎を学ぶために大谷に来てくれればいいと思っています。和田くんの時は同じような境遇の学生との繋がりはできましたか?

和田:宗派も同じで、それこそ他大学から大谷に来たってなったらそこも同じなので、同じような境遇の人がいたりするのは大きかったですね。同じように一から勉強して将来的にはお寺のことを考えながらっていう方向を共有できるので良かったです。

井上:そういう仲間が修士のところに5人ぐらいいればいいですよね。

和田:上の学年でも何人かいらっしゃって。たぶん蓋開けたら1人じゃないと思うので。先輩か後輩には誰かいるはずなので、そういう意味では他大学から真宗学に来ても孤独な感じはないかなとは思います。

井上:現在の真宗学科の教員も、若手の多くは他大学を出てから大谷の大学院へ来て、真宗学を専門的に学び始めています。そういう学び方があることを、もっと多くの人に知って欲しいですね。

和田:もし他大学から大谷の真宗学へという進路に気後れしている人がいれば、選択肢の1つとして、真剣に悩んでみる価値はあるよとお伝えしたいです。

『歎異抄』ワークショップから始まった「現在地」

カリフォルニア大学バークレー校
カリフォルニア大学バークレー校

井上:『歎異抄』ワークショップ(※1)が始まったのは和田くんが在学してるときだったかな?

和田:
1年生の時にたまたま始まって。初回から出ました。

井上:
毎回、在学生を対象に往復旅費を支給する参加者の公募があったと思いますが、それに選ばれてカリフォルニア大学バークレー校でのワークショップへも行ったのかな?

和田:
行きました。1年生の時と2年生の時の2回行かせてもらいました。

井上:
それはどうだった?経験としては。

和田:
すごく良かったですね。今の進路に直接繋がっているというか。その機会をとおして今在籍しているカリフォルニア大学バークレー校での指導教授のマーク・ブラム先生とも繋がりました。
IBS(※2)在籍時に指導教授を務めていただいたデイヴィッド・マツモト先生にも直接会うことが出来て、実際にバークレーに足を運べたので留学のイメージが湧いたというか。ただ想像してるだけじゃなく、行って「こういうところか」っていうのがよく分かりました。
あと、当時ちょっと英語は勉強していたのですが話す機会が全くなかったので、それまでは留学も全く考えてなくて。井上先生に入学前にお話を聞きに行った時に留学の選択肢を提案していただいて、修士ゼミ指導教員の一楽真先生にも後押ししていただけたことに加えて、ちょうど『歎異抄』のワークショップが始まって、英語を試す意味でもすごく良かったです。
また、ワークショップの中心になっているマイケル・コンウェイ先生にも面倒をみていただいたり、両親や妻(当時は恋人)とそのご両親にも理解と応援をしてもらったりするなかで、だんだんと留学への現実味が増していきました。
バークレー校に特化していえば、アメリカだけじゃなくて日本でも勢いを失いつつある文献学中心の仏教研究を重視しつづけているうえに、『歎異抄』ワークショップで直接お会いしたマーク・ブラム先生が日本浄土教と『涅槃経』を専門とされていることも大きな魅力でした。

緑豊かなキャンパス内の様子
緑豊かなキャンパス内の様子

井上:IBSは、UCバークレー博士課程への進学を目標にした前段階としての留学だったのかな?マーク・ブラム先生と出会って、ブラム先生に「来ないか」って言われたんですか?

和田:ちょうどブラム先生の専門が私のやりたかったことに近くて、自分から「海外でも勉強したいし、ブラム先生のところで」って言ったら、「じゃぜひ頑張ってくれ。もしいきなりバークレーの博士課程が難しくても、IBSであれば同じ地域だし一緒に勉強できるよ」って感じになって今があります。

※1…『歎異抄』ワークショップ

大谷大学真宗総合研究所、カリフォルニア大学バークレー校および龍谷大学世界仏教文化研究センターが共催するワークショップ。浄土真宗において中核的な聖典であり、近代日本において最もよく読まれた宗教書である『歎異抄』について、その近世・近代の解釈書を精読し考察する。

※2…IBS(Institute of Buddhist Studies)

仏教大学院。アメリカにある浄土真宗本願寺派(西本願寺)系の大学院大学

貴重だった『歎異抄』に向き合う機会

井上:和田くんの修士在学中でよく覚えているのが、大谷大学が引き受けたSAT(大正新脩大蔵経テキストデータベース現代語訳研究)の仕事ですね。坂東性純先生が英訳されたBDK(仏教伝道協会)の英訳大蔵経に入っている英訳『歎異抄』を現代日本語に訳す作業で、その下訳を全部和田くんに作ってもらいましたが、あれは勉強になったでしょうか。

和田:
はい。原文を知ってて、しかも英訳から現代日本語に訳し直すという特殊な作業だったのですが、英語に訳されている『歎異抄』に実際触れるのはすごく勉強になりました。翻訳って1対1のただの単語の置き換えじゃなくて、少し解釈も入れないといけないので。
また、大谷は学部では『歎異抄』をメインにやって大学院に上がっちゃうと『教行信証』になるので、学部を経ていない私にとっては『歎異抄』がすっぽり抜けてる感じでした。この作業を通して『歎異抄』にも少し自分なりに向き合う機会があって、その意味でもすごく良かったです。

井上:
下訳を作ってもらったおかげで、あれは結局2018年版の大藏經テキストデータベースのところで採用されましたね。今、学部の真宗学科に国際コースができて、和田くんの後輩が坂東先生の英訳を通して『歎異抄』を勉強する時に、その英訳からの「高校生でもわかる現代日本語訳」がネットで参照できて助かっています。使ってみたことありますか? 

和田:
1回ちらっと見ましたけど、本格的に自分で使ったことはないです。本当に誰か使ってくれるんだろうかと、ちょっと不安だったんです(笑)

井上:
SAT2018年版で「歎異抄」を検索すると原文が出てきますが、その状態で左側ウィンドウの「英語訳」フォルダーを開くとBDKの英訳が原文とパラレルで表示されます。「高校生でもわかる現代日本語訳」については、左側の「日本語訳」フォルダーを開くと表示されます。少し凝った作りになりすぎていて使い方が分かりにくいところもありますが、あの『歎異抄』英訳からの和訳の仕事は大谷大学の担当で完成出来て良かったと思いますね。

井上:最後に、将来的にはアメリカでPh.D.の学位をとることになると思いますが、お寺がありますからアメリカの大学に就職ってわけにはいかないですよね。

和田:今のところ考えてはいないですね。機会があればというか、うまくいければどこかの研究機関や大学の研究所とかで研究職を続けつつ、お寺のこともできたらと、今のところうっすら思ってはいます。

PROFILEプロフィール

  • 和田 良世(Wada Ryōze)

    大学院 修士課程 文学研究科 真宗学専攻

    京都大学文学部仏教学専修卒業(2016年3月)
    大谷大学大学院修士課程文学研究科真宗学専攻修了(2018年3月)
    神学大学院連合(Graduate Theological Union)修士課程仏教大学院(Institute of Buddhist Studies)所属仏教学専攻修了(2020年5月)
    カリフォルニア大学バークレー校(University of California, Berkeley)博士課程仏教学専攻(2020年8月~現在)

  • インタビュアー/井上 尚実 教授

    大学院 人文学研究科 真宗学専攻