大谷大学の3学部化を記念したシンポジウムの最終回が7月15日、「Be Real“寄りそう教育”—次の世代へのメッセージ—」をテーマに大谷大学講堂で行われました。最初に法曹界をリードしてきた弁護士の住田裕子さんが基調講演。続くディスカッションでは、朝日新聞出版「大学ランキング」元編集長・友澤和子のコーディネートのもと、住田さんと来春開設する教育学部所属予定の2人の教員で、子どもたちの心を育てる真の教育について活発に議論しました。当日の模様を紙上採録でお届けします。

※本ページの情報はシンポジウム開催当時(2017年度)のものです。

基調講演:社会で活躍するために必要な 共感性と対人関係能力

人の痛みや喜びを共有し 寄りそえる力を身につける

 少子高齢化、人口減少が進む今の時代は、働き手が不足しています。女性や高齢者が社会で活躍できる時代と捉え、備えていく必要があります。とはいえ、結婚後の女性に対して「家庭を守るべき」という意識がいまだ半数の男女にあり、障壁の一つになっています。子どもを保育園に預けて母親が働くと、育ちによくないと偏見を持たれることもあります。検事としての経験から言えば、非行に走る子どもの母親が専業主婦か働いているかは、あまり関係ないと思っています。

 凶悪な少年犯罪を起こした子どもの精神鑑定書には、共感性や対人関係能力が乏しいという言葉がよく見られます。逆に言えば、子どもには共感性と対人関係能力をしっかり身につけさせることが大切といえます。

 では共感性とはどのようなものでしょうか。対等な目線で人の痛みや喜びを共有できる気持ちを持っていることです。今日のテーマ「寄りそう教育」に絡めるなら、相手に寄りそえる力があるということ。対人関係能力は、人と対話できるコミュニケーション能力を意味します。例えば、自分の考え方や感情を言葉で整理し発信でき、相手の話をきちんと受信できる力のことです。

 共感性を培うために一番大切なのは、共感性を持つ人とつながることです。親が子どもに共感する姿勢で接すると、子どもは自分の気持ちを認めてもらえたと感じ、共感性が育ちます。私は仕事を続けながら2人の子どもを育ててきました。対人関係能力を高められるように、子どもに対しても感謝の言葉「ありがとう」と、謝罪の言葉「ごめんなさい」は意識して使うことを心がけました。

自己肯定感の低い日本の若者 人間力の育成が大切

 今の若者を見ていて心配なことがあります。「自分はダメな人間だと思うことがあるか」という質問を高校生にした2014年の調査で、「とてもそう思う」「まあそう思う」の割合が日本の若者は72・5%と、米国45・1%、中国56・4%、韓国35・2%に比べて高いのです。自己肯定感や最近よくいわれる自己有用感(他者との関係の中で、自分の存在を価値あるものと受け止める感覚)が低いのは残念なことです。

 日本の若者の自己肯定感が低い一つの理由は、評価する物差しが学力やスポーツなどに限られているからだと考えます。兄弟姉妹や友人と比べられ、親のマイナスの評価が子どもに伝染しているかもしれません。昔は地域の人とのつながりの中で子どもが育ち、手伝いや遊びの中から褒められたり、認められたりする機会が多かったと思います。地域のつながりが希薄な現代社会は、人間関係が閉鎖的で共感性や対人関係能力を培う場が減り、自己肯定感が持ちにくくなっているのでしょう。

 社会の中で活躍するためには、学力だけではなく「人間力」が大切だと思います。私の考える人間力とは、まず、人と同じ目線に立って寄りそい、協調してチームプレーができる共感性があること。そして熱意や意欲を持ってチャレンジし、うまくいかない時でもへこたれない忍耐心を持つ。ただし、頑張りすぎて体を壊してはいけません。そこは程よく、「良い加減」を保てるバランス感覚を大切にしてください。バランス感覚は自分ではわかりにくいので、客観的に見てくれる仲間や第三者に行動が行き過ぎていないか、謙虚に聞く姿勢も大事です。

ディスカッション:一人ひとりの尊さを理解し 受容する寛容さを養う

遊びや人との交流から 子どもの心を育てる

友澤:来春開設される教育学部の特徴をお話しいただけますか。

関口:本学は教育方針として「Be Real 寄りそう知性」を掲げ、教育学部では「寄りそう教育」と表現しています。大人が子どもを後ろから見守り、必要な時にそっと支える柳田國男の「こやらい」という言葉に通じます。現在の文学部教育・心理学科を改組し2コースを設けます。「初等教育コース」では小学校教諭一種免許状を取得でき、授業力や指導力を育てる少人数制教育を行います。「幼児教育コース」では幼稚園教諭一種免許状と保育士の資格が取れ、幼児教育や保育の現場と連携した学びを展開します。

冨岡:「幼児教育コース」では、発達につまずきのある子どもに寄りそえる保育心理士(ニ種)の資格も取れるようにします。私のゼミでは鴨川などでよく遊びますが、遊びを通して子どもの育ちを考えます。遊ぶことから保育の楽しさや難しさを発見し、多様な考え方を共有することを大事にしています。幼稚園や保育園の先生にとって、基調講演で話された「共感性」はとても大事な力になると思います。泣いている子どものそばにいる子どもが、同じように泣き出すことがありますが「悲しくなったのね」と先生が受け止めることで子どもは自己有用感を獲得できます。住田先生はどう思われますか。

住田:悲しみが伝染して泣く子どもに「優しい気持ちだね」といえる保育士を大谷大学でたくさん育てていただきたいです。保育園では子どもと友達の関わり方などを丁寧に見て、一人ひとりのエピソードを家族に伝えているところがあり、集団保育の良さを感じています。

関口:高度経済成長期以前は職住の環境が近く、学校教育以外に家業としての教育や助け合う心を地域社会の中で複合的に学んできました。それ以降の子どもの教育は、家庭や学校に限られています。親や教師だけでなく、大人世代が子ども世代を育てているという意識を持つ必要があります。まして学校の教諭になれば、保護者や地域の人とも協力し合わなくてはいけません。多様な人と関われる大人が、子どもの共感性を育てられると思います。

冨岡:世代間交流も大事だと考えます。大学の活動で行き来がある京都・美山の高齢者に本学に来てもらい、昔遊びを学生たちに伝承してもらっています。

多様な価値観を共有できる 大谷大学の人間学

友澤:大谷大学には「人間学」の授業があります。どのような学びですか。

冨岡:親鸞聖人やブッダの思想、教えから現代の生き方を考えます。人と人が関わるとうれしいことも煩わしいことも起こりますが、ともに社会で生きていくことが大切で、一人ひとりの尊さに気づけます。どのように社会と関わり、よりよい人生とは何かを学生と一緒に考えています。

関口:人間学の科目があるのは、本学の特色の一つです。世の中には多様な価値観があることを学べます。自分の価値観だけにとらわれていると、他者の考えを共有できず否定しかねません。学校の教諭として対人関係を築く上で、懐の深い寛容性が身につきます。

住田:人間の弱点や煩わしさも含めて受容する人間学の視点は、人材が資源となるこれからの日本にとても大切です。子ども一人ひとりに寄りそい、可能性を見いだせる教育ができる人材を輩出していただきたいと思います。

友澤:本日はありがとうございました。

PROFILEプロフィール

  • 住田 裕子(すみた・ひろこ)氏

    弁護士

    東京大学法学部卒業。1979年東京地検検事に任官。1990年に全省庁女性初の法務大臣秘書官に就任。現在、NPO長寿安心会の代表として長寿社会の安全安心な社会づくりのために奮闘中。

  • 冨岡 量秀(とみおか・りょうしゅう)

    大谷大学短期大学部 幼児教育保育科教授

    大谷大学大学院文学研究科博士後期課程満期退学。博士(文学)。真宗保育(真宗に立った保育)への学びを基軸にしながら保育を考察。また、園の環境デザインを保育実践の視点からも取り組む。

  • 関口 敏美(せきぐち・としみ)

    大谷大学文学部 教育・心理学科教授【教育学部長就任予定】

    奈良女子大学大学院人間文化研究科比較文化学専攻単位取得退学。博士(学術)。2008年から現職。教職支援センター副センター長。柳田國男の学問や思想を教育史の立場から捉え直し、現代の教育問題を考えている。