主体の育ちと、教育・保育

「主体的ってどういうこと?」と、いう問いかけに多いのは“積極性”“自発的”などの答えだと感じる。発信や、意見表明など、行動のポジティブな側面が主体的だと捉えられがちなのは『主体的・対話的で深い学び』と、耳にするからだろうか。

主体的・主体性の主体とは行動の主体である。自覚や意思を持ち、動作・作用を他に及ぼすその人間そのものであり、主体を持つ人が行動するから、主体的な行動、主体性のある姿勢が現れる。主体が育った子どもは自分軸がはっきりし、等身大に生きていることを、保育・教育に携わり、我が子の育ちを見守る中で学んだ。一見ネガティブな行動も、軸を定めていればそこには主体が働く。その様は清々しい。

大切なのは自分の心と行動が一致して、出来事に向かうこと。人を攻撃したり、相手や環境に合わせて切り抜けたりする行動は、時に効果的でも、自分の思いとの捻れが主体を損ねる。言いなり、人まかせになるのも、自己決定を他者に委ねるという意味で主体がない。大勢の人と暮らす社会の中では、自分を保つ力が強く必要になる。適切に快く主張する力が必要になる。人と接する場面では、人と協働する力が常に求められる。行動の責任を果たす力も必要となる。そんな中でいかに主体を働かせるのか。言葉にすればシンプルなことが、まさに葛藤しつつ自分の心を見つめる時には難しい。

決して前向きとは言えないが後ろ向きではない心を、どう立てていくかを考え、心の軸を定めていく時が、一番主体が育つ時なのだろう。張り詰めるだけでは折れそうになる心を、愛おしさのようなもので分かち合いながら、互いに勇気づけながら進むコミュニティでこそ主体という自分軸は作られていくのだろう。AIや他者に答えを求めるだけでは感じ取れない、こうした心の育ちを大切に教育・保育に臨んでみたい。

PROFILEプロフィール

  • 矢野 永吏子 准教授

    【専門分野】
    保育学/幼児教育学/体育学

    【研究領域・テーマ】
    発育発達と健康/身体活動/身体表現/主体の育ち/自然保育/子育て支援/乳幼児教育/乳幼児保育