「移動」から社会を考える

現代において「移動」は、私たちの生活に深く溶け込んでいる。通勤や通学、買い物や通院といった行為は、あまりに当たり前であるがゆえに、その意味が意識されることは少ない。
しかし、誰が、いつ、どこへ移動できるのかという条件は、個人の自由な選択の結果のようにみえても、社会の制度や構造によって規定されている。移動はきわめて社会的な行為であり、同時に社会のあり方を映し出す装置でもある。

移動はまた、誰にとっても「当たり前」ではない。たとえば、運転免許を持たない人、近くに送迎してくれる家族がいない人、何らかの障害や疾病によって外出が困難な人、経済的その他の理由によって移動手段を利用できない人、などである。

自分自身、移動や交通について研究するようになったきっかけの一つは、高校時代の通学経験である。片道10km弱の道のりを自転車で通学していたが、その時に見かけた「コミュニティバス」に誰も乗っていなかったことを、大学時代にふと思い出したことが現在の研究テーマのいわば入り口でもある。大学院に入って、実際にそのコミュニティバスに同乗して高齢の利用者に話を聞く、という調査を1週間ほどしたが、不満の声よりも「ありがたい」「助かっている」という声を多く聞いた。特に運転免許を持たない高齢者にとって、文字通り「ライフライン」としての機能を果たしていたことが印象的であった。

調査から10年以上経過し、そのコミュニティバスは廃止されたが、代わりに予約型のバスが走り始めた。学生たちとともに私も大学の地域連携プロジェクトとして、予約方法のレクチャーや乗車体験会の企画など、新たな移動手段の利用促進に取り組んでいる。移動が「当たり前」ではない人々にとって、次なる「ライフライン」として活用してもらえるよう、地道な活動を通じた探究が続く。

PROFILEプロフィール

  • 野村 実 講師

    【専門分野】
    社会学(地域社会学/地域政策)

    【研究領域・テーマ】
    モビリティ/まちづくり/地域交通政策/コミュニティ