アペイロゴン apeirogon

2023年10月7日にイスラム組織ハマスがガザからイスラエルを攻撃したことで、その後イスラエル側が激しい報復攻撃を開始した。連日、イスラエルによるガザ空爆が報じられている。終息に向かう兆しは見えない。世界はパレスチナ問題の解決策を何ら見いだすことができていない。


アイルランド出身の作家コラム・マッキャンによる『無限角形 1001の砂漠の断章』という奇妙な作品がある。数限りない辺と頂点を持つ多角形である無限角形 apeirogonという語がタイトルになっている。


パレスチナのバッサム・アラミンは10歳の娘を撃たれて亡くしてしまう。イスラエルのラミ・エルハナンは13歳の娘を自爆テロで亡くしてしまう。この二人にまつわる事柄が何の関わりもないかのように次々に断片的に語られていく。しかし読み進めると、個々の語りの断片が複雑に絡み合っていることに気づく。ひとつまたひとつと多角形の辺が増えるかのように二人に関わる事柄が語られ、各頂点を結ぶ線が幾重にも交差するかのように断片的な語りは奇妙に交錯する。


限りなく語られ得る物語のなかのたったひとつの場面にすぎないけれど、ラミ・エルハナンは、パレスチナの人のことをこのように語っている。「でもほんとうに初めて気づいたんです。——そう、彼らは私が背負っているのと同じ重荷を背負い、私が苦しんでいるのと同じように苦しんでいる人間なんだと。」


ここに、顔の見えない敵対者ではなく、ひとりの人間の姿が見いだされている。


これまでのパレスチナをめぐる報道によると、こうした眼差しが持っている豊かな思索の力は、圧倒的な暴力によって瞬く間に吹き飛ばされてしまっているように見える。敵対者に人間の姿を見いだしているにも関わらず、その敵対者に対して自爆テロを実行するような「正義」の貫徹ほど人間にとって重大な悲劇はない。

PROFILEプロフィール

  • 箕浦 暁雄 教授

    【専門分野】
    仏教学

    【研究領域・テーマ】
    古代インド仏教思想/アビダルマ/世親『倶舎論』