「この社会には、生きていくだけで大変な人がたくさんいる。その人たちのために自分は何ができるだろう」。大学時代に生まれたそんな問いが、今の仕事につながっています。

特定非営利活動法人(NPO法人)HEROESの理事長として、障がいのある人たちの地域生活を支える仕事をしています。働く場を提供するとともに、商品を通して障がいのある人たちの存在を社会に広く知ってもらい、理解してもらう。自閉症の人と一緒においしいクラフトビールを作る取り組みも始めました。
「福祉」ということばは、「福」も「祉」も「幸せ」という意味。僕たちがかかわった人の人生が豊かで幸せになっていくのだから、こんな素敵な仕事はありません。

大切なことは、大学時代に学びました。部活動やボランティア活動で障がいのある人たちとかかわり、卒業論文のテーマは障がい児教育。初めて福祉にふれたとき、自分がそれまであまり知らなかった知的障がいや自閉症の人がたくさんいることに驚きました。自分と異なる生き方をする人たちを理解したい。そう思いました。そのためには、寝食をともにしたり一緒に活動したり、適度に距離を縮める必要があるけれど、自由な時間をもてる学生時代にその機会を得られたことは、今の自分の素地を作るうえで大きかったですね。

「○○がしたい」。そんな明確な目標のある人が輝いて見えていた大学時代。僕にはそれはなかったけれど、「人と出あう・人とかかわる」というテーマをもち続けていました。テーマは大事です。ただ振り返って思うのは、能動的にかかわった経験だけでなく、流されて取り組んだ経験も大きな糧になるということ。友だちに誘われて何となく参加したボランティアが、僕の人生を変えたのですから。自分の目に映る世界は小さく、その範囲で過ごせば物事は偏っていきます。「友だちがやっている」「親からいわれた」などのきっかけで飛びこんだ経験からでも学ぶことはでき、人生の幅は広がるはず。

「何をするか」よりも大事なこと、それは、「『何をするか・何をしないか』の決断を自分でする」ということです。ポジティブな判断だけでなく、「今日くらいバイトをさぼろう」「ここから逃げ出そう」といったネガティブな判断でもいい。何かにチャレンジをするのも、チャレンジもせずやり過ごすのもいい。人に流されるのもいい。ただし、「やり過ごすこと、流されることを選んでいる自分がいる」と意識をする。それが、自分の人生に責任をもつということではないでしょうか。

大人になると、自分の限界がわかってきたり、家庭ができたり、良い意味でも悪い意味でも選択肢が狭まっていきます。だからこそ、選択肢がたくさんあり、挑戦したり失敗したりできる大学時代は貴重です。大谷大学では、学生一人ひとりが大事にされ、安心して挑戦も失敗もできました。学生個人が尊重され、学生が主体になれる環境が用意されています。表面的な物事の理解ではなく、人間や教育の本質を考える授業もたくさんあります。そんな大学での学びをベースに福祉の仕事をはじめ、自分と社会とのかかわりをより強く意識するようになりました。

今の日本社会は、人の存在が尊重される社会でしょうか?生きることを脅かされず、人が人としてその場に存在できる。それが社会のあるべき姿なのに、本来の姿から遠ざかってはいないでしょうか?肌の色が違う外国人を怖いと思ったり、保育園の建設に反対したりする人もいます。障がいのある人が6人に1人の社会なのに、障がいのある人とかかわる人は少なく、差別や偏見もあります。自分には理解できないものや都合の悪いことを排除し、見えなくしていくような了見の狭い社会になっているように感じるのです。ただ単に、自分と同じような人がまわりにいてほしいだけなのかもしれません。けれど、みんなが自分のまわりから都合の悪いことや人を見えなくしたら、どうなるのか。そういう本質的なことを真面目に考えられる社会であってほしいと願うと同時に、果たして自分はどうなのか──と、日々自分に問いかけています。

※このページに掲載されている内容は、取材当時(2021年)のものです。

PROFILEプロフィール

  • 松尾 浩久

    文学部 社会学科 2000年度卒 京都府・向陽高等学校卒