大谷大学文藝コンテスト

【小説部門】受賞作品

最優秀賞

鼠色の女神
島田 実璃/大阪つくば開成高等学校 第3学年

講評
緻密に練られた語彙や文章表現が、随所に散りばめられており、読む者は、作者の奇想の世界にいつのまにか吸い込まれていく。第一の特長は、現実的な質感のある描写。全体の構成力も堅く、いくつかの挿話もまた、必然と切実に裏打ちされている。
現実から一旦遊離し、高みから超越した人間の姿を凝視していこうと試みたのだろう。その意味で、シュルレアリスム小説や幻想譚、あるいは一切を超えた恋愛小説でもある。全編が混沌としているが、読み終えた後には、ひたすら人間やその生を肯定していく作者の思念が浮かび上がって見えてくる。力のある清冽な作品だ。
(詩人・文藝塾セミナー講師/萩原 健次郎)

優秀賞

霽れ傘
坂上 心純/兵庫県立宝塚西高等学校 第3学年

講評
傘は、雨を避けるために差すものだが、人の心にも庇護の用具として差し掛けられる。そうした喩えが前提として語られている。人と人の交わりの間にあるその傘の下は、晴れている。あるいは、傘を差しても雨を避けきれない。
天候は、自然現象として晴雨が変化するが、人の心の変化は複雑だ。思いやりや思い入れで、傘を差しても、たやすく雨を避けることはできない。通学路のバス停留所での情景描写や、少女や家族、先生との交わりの描写は、丁寧に描かれている。
「傘」という喩えに徹して心の機微を描いた力は見事だが、さらなる深みが欲しい
(詩人・文藝塾セミナー講師/萩原 健次郎)
虎の威を借る
十倉 明日香/白陵高等学校 第1学年

講評
学校という日常的な場面を背景に正直な心情がまっすぐに語られている。共感できる身近な話題のようで、その交わりの中に、「虎」と「狐」に喩えられる「君」と「僕」がいて、ときには、「俺」という呼称に変わる。よく知られた故事成語が軸に据えられたテーマだが、そこに虚飾はない。実に切実に今この時の、青春期の揺れる思いが吐露されている。
学業の優劣が、どれほど人格とからまって人の評価とつながるか。それが、後半に様々に翻って、興味深く展開していく。こうした日常を題材にした小説は簡単ではない。軽妙な筆致とテンポでよく書けている。
(詩人・文藝塾セミナー講師/萩原 健次郎)

大谷文芸賞

僕が愛したたった一人の君へ
波多野 柑奈/岐阜県立東濃実業高等学校 第1学年

講評
大切な人が難病を患うという物語は近年では珍しくないが、この作品は心情の移り変わりを丁寧に描いている点で特徴的である。
主人公は『「残りわずかな時間を無駄にはできない」』という想いを抱き、その一方で自身の行いに虚しさを覚える。こうした心の不安定さの描写は、読者をより物語に引き込む上で大きな役割を担っている。
しかしリアリティに注目すると、すい臓がんという病気や小さい頃からの婚約者としての関係のような活かしきれていない要素が見られる。これらを出来事や登場人物の心情と関連づけることで、より個性のある作品となるのではないか。
(学生サークル 大谷文芸)

奨励賞

フレンドーナッツ
瀧村 千鶴/滋賀県立草津東高等学校 第2学年

星の花
岡元 更紗/神戸女学院高等学部 第2学年

秒速十メートルの黒鬼
澤畑 澪/福岡県立香住丘高等学校 第3学年

総評
奨励賞の三作も、それぞれ興味深く読んだ。『秒速十メートルの黒鬼』は、津波の速度が話の鍵になっている。内容の下地に実体験があるのかもしれない。劇的な語りがいい。人称の多用など、文章を整理すればさらに本筋に厚みが増してくるだろう。
『フレンドーナッツ』は、ドーナッツの空洞が心の中の喪失感や空虚を連想するように書かれている。軽快に読ませる展開が良い。後半、盛り上がるが、作品全体の結びが弱いように思われる。『星の花』は、月、星、花に象徴的な意味を託して、そこから深刻な問題を抒情性をともなって描いて、興味深く読んだ。
限定された、紙数で作品全体の構図を考え、感興に配慮しながら話を展開し、しかも作者が語りたい作品の本旨を貫いて余韻まで残すことは、難しいかもしれない。
ただ、「書かざるを得ない」切実さがあれば、このような課題は、書く熱度において超越し、読む者の心を揺さぶるようになる。何を書きたいか、書くかが重要なのだから。
(詩人・文藝塾セミナー講師/萩原 健次郎)