2020年度 大谷大学文藝コンテスト

【小説部門】受賞作品

最優秀賞

舌縁
井上 梨帆/私立広島なぎさ高等学校 第2学年

講評
一人称で語られているが、書き手の拘泥にとどまっていない。濃密な物語構築にこの構図が見事に収まっている。二十枚という限られた字数の中で、濃密さを保ちながらその上で感興を盛り上げつつ書き進めていく筆力に感嘆した。
生と死という深刻な題材が高校生の静かな日常との対比の中に微妙にからまっていく。文体が安定しているからか実に自然に読むことの喜びすら促してくる。
「その中の一つを選んで、深い海の底から恋人の骸でも引き上げるみたいにゆっくり抱き起こす。」喩の力を知り尽くしているように書き切っている。
(詩人・文筆家/文藝塾講義 講師 萩原 健次郎)

優秀賞

金剛と石炭
村上 優歌/北海道小樽潮陵高等学校 第1学年

講評
題名は、重要な導きであり、作者が物語を創作する上での軸となる。また描くテーマとなる。もちろん、そこからの理路が明確であっても、不明確であっても創意は、作者の自由である。ただ、そこから創作世界の扉は開かれ、閉じられていく。
「金剛と石炭」という題名から扉の前に立ち物語の構えを読んでいくのだが、構えの強い自覚が本作では明らかだ。それだけで、読む者は、心地よく惑動する。
文体は、開かれる力となり、閉じる力にもなる。「この広い世の中には金剛石みたいに無垢な人もいれば、石炭みたいに煤と馴染む人だっています」見事な結構だ。
(詩人・文筆家/文藝塾講義 講師 萩原 健次郎)
少女の季節
本領 里緒/私立田園調布雙葉高等学校 第3学年

講評
文芸部に属している高校生が、小説を書きながら書くことに悩む。
「小百合は、今何書いてるの」「高校生の女の子が、延々悩む話。折角歳が近いんだもの、リアリティを出したいわね」
小説を書くことをテーマにした、メタ小説と読むことができる。
挿まれる会話が軽妙でやわらかい。このセンスは特筆される。当然、テーマは切実で描写はリアルな日常の中から導き出されている。冒頭と結びの部分で可憐な梅の花が描写されている。この構えは見事。自らの真情を物語の構図に託す手際に、作者の力量を感じた。
(詩人・文筆家/文藝塾講義 講師 萩原 健次郎)

大谷文芸賞

理想郷
柴田 彩世/兵庫県立長田高等学校 第2学年

講評
パズルの完成によって一枚絵が浮かび上がるような素晴らしさを感じた。主人公の男のアニマ(無意識の女性的側面)と化した幼き日のマリアと、現実に生きているマリア、その両者のイメージのギャップによって、男とマリアの気持ちがすれ違う描写は見事である。ロザリオなどの小道具の使い方も非常に効果的で、ストーリーテラーとしての才能を感じる。昨今、LGBTQの人々について活発な議論がなされているが、この小説内ではもっと根源的に「人を愛するとは何か」という問いに迫ろうともしている。高校生のレベルを超えた非常にユニークな小説であると評する。
(学生サークル 大谷文芸)

奨励賞

コウモリさん
井上 紗良/神奈川県立相模向陽館高等学校 第1学年

あの川の上流には
高橋 和太郎/京都市立京都工学院高等学校 第2学年

マイナータレント
田中 望結/私立星野高等学校 第2学年

講評
奨励賞となった作品も含めて、年々寄せられる作品世界の濃密さと熟度に惑動感を強くしている。
今回、作品を一通り読み終えた後に、初歩的な創作上の瑕疵(きず)の有無を除いて、さらに選考の尺度に据えたのは、次のような点である。
物語、あるいは描く世界の構図が登場人物の図とともに明確に描かれているか。この図の中で、言葉の交差がテーマに組み込まれてあざやかに書かれているか。そしてこのテーマからはずれた余分な言葉が潔く省かれているか。
そうした要が見えてきた。さらに、大きな目で見れば、世界、人間、自己の「像」と「観」が描かれているかということもあえて加えてみた。
けっして高望みではない。二十枚以内という限定された字数を考えれば難問かもしれないが、いよいよそれも望みたい。
(詩人・文筆家/文藝塾講義 講師 萩原 健次郎)