2020年度 大谷大学文藝コンテスト

【エッセイ部門】受賞作品

最優秀賞

私の素直な唇
馬場 帆花/鹿児島県立大島高等学校 第2学年

講評
「幸せを感じると、下唇を噛みしめる」という書き出しから引き込まれた。著者は小テスト対策のため、朝早く登校し、靴箱で落とし物を拾う、それは同級生の男の子の教科書だった。テスト対策も気もそぞろ、彼が登校するのを待って直接手渡すのだが、その前後も含め、思春期の甘酸っぱい心情や行動が濃やかに描かれている。ラストで手鏡を覗くシーンも効果的で、「好き」とか「恋してる」なんて表現はどこにもないのに、その情感がひたひたと伝わってくる佳作である。
(株式会社PHP研究所 月刊『PHP』編集長/大谷 泰志)

優秀賞

猫が死んだ
生田 勇人/大阪府立箕面高等学校 第2学年

講評
臨終に向かう飼い猫の様子が丁寧に描写されていて、切なくなる。猫への深い観察眼を短い文を淡々と積み重ねるかたちで表現し、それは成功していると言える。一方で、猫の死を受け入れられないほどの思いがあるのに、作者はその猫とどう過ごしてきたのか、猫が作者に与えたものは何だったのか、死の淵に至る前までがまったく描かれていない。そこで評価が分かれた。ラストも痛切な感じがうまく綴られているだけに、いささか残念だ。
(株式会社PHP研究所 月刊『PHP』編集長/大谷 泰志)
私だけの衣替え
別所 瑠璃/徳島市立高等学校 第2学年

講評
「自分が“女”として生まれたこと自体が嫌になることもあった」という著者は、スカートを履くよりもズボンのほうを好み、「可愛い」よりも「カッコイイ」といわれるほうが嬉しい。学校生活の中で生きづらさを抱えていたが、ついにズボンを履き始める。その主張を自身の体験を交え、小気味よく展開している。周りに気兼ねしていた著者が、自己を主張できるようになったところは頼もしい。もう少し他者の考え方を交えてやり取りを綴ると、より奥行きのある作品になったのではないか。
(株式会社PHP研究所 月刊『PHP』編集長/大谷 泰志)

PHPエッセイ賞

薄く遠く 濃く深く
大家 衣穂理/奈良県立青翔高等学校 第2学年

講評
認知症が進行している祖父への愛情が伝わる作品。著者と二人で留守番をしているときの様子がよく書けている。どこかへ行ってしまった祖父に出くわした場面で、「どこへ行ってたんだよ」と激しく言う著者に、祖父の答えは意外なものだった——。同じ質問を繰り返す祖父がいま取った行動と、幼いころ著者が祖父を困らせた回想があいまって、感動的に仕上がっている。作品の根底にやさしさ、ぬくもりがあり、PHPエッセイ賞に値する。
(株式会社PHP研究所 月刊『PHP』編集長/大谷 泰志)
※作品は、月刊『PHP』9月増刊号(2021年7月18日発行)に掲載。

大谷文芸賞

心の壁の高さを求めよ
高地 晴七/私立神戸国際高等学校 第1学年

講評
高校生らしくタンジェントにまつわる自身の感情と思考の変遷が正直に描写されていて、好感が持てた。文章も若干の重複表現が気になるものの、タンジェントについて不可解だと思う心を、比喩表現を用いることで読者が共感できるように表現できているところは素晴らしい。後半部分にかけて若干駆け足で終わらせようとする意識が感じられるので、もう少し肩の力を抜いて、きれいに終わらせようとするのではなく、自身の率直な思いを最後まで綴っていくことが出来れば、より良いエッセイとなるだろうと思う。
(学生サークル 大谷文芸) 

奨励賞

気持ち悪い君が愛おしい
伊野波 綾/沖縄県立向陽高等学校 第3学年

ママ、聞いて?
夏目 季実/私立聖ドミニコ学園高等学校 第1学年

伊能忠敬の日を探して
野﨑 凪紗/長崎県立諫早高等学校 第2学年

講評
「気持ち悪い君が愛おしい」は書き出しの描写が良い。虫の細やかな描き方はとても上手で、その個性がよくわかる。論理的に深く考えてもいる。とはいえ、全体的に説明が過ぎ、やや評論臭さが漂う。
「ママ、聞いて」はコロナ禍をプラスに捉え、留学生インタビューというZOOM会議を開催したのは素晴らしい。だが、やや面白みに欠ける。焦点の当て方でもっと良い作品に昇華できるのではないか。
「伊能忠敬の日を探して」は引き込まれつつ読んだ。ただ、文通相手の誕生日が結局わからないまま終わったことで、評価は分かれた。思い切って相手に直接尋ねたら、作品はどう仕上がっただろうか。
3作品と優秀賞との間に大きな差はないが、最優秀賞やPHPエッセイ賞と比べれば得点差があった。その差を埋め、さらにそこを超えていくには、着眼点、考察、描写により鋭く的確なものが求められる。お三方とも一定の筆力はあり、修練すれば技は必ず向上する。さらなる研鑽を。
(株式会社PHP研究所 月刊『PHP』編集長/大谷 泰志)