あふれる情報の中で

私が専門とする歴史学は史料に基づく学問であり、集めた史料を読解し、そこに含まれる情報を材料にして、過去の世界を再構築していくものである。史料に何もかもが詳しく明白に書かれているわけではないから、より具体的に過去の姿を復元していくためには、様々な状況を考慮に入れながら、史料からわかる情報を判断し、考察していくことが求められる。
 
こうした情報を判断していく力というのは、多くの情報があふれている現代を生きていく中でも必要とされているのではないだろうか。複雑化している現代社会においては、色々な状況に鑑みながら難しい判断をしなければならない場面に、時として出くわす。新型コロナウイルスの問題などはまさしくそれであり、判断を下すためには様々な情報とそれに対する多様な見解を考慮しなければならないはずである。

ところが、テレビをはじめとするメディアが流すコロナ関係の情報はかたよったものが多く、それに流されて過剰な対策が行われているような気がする。もちろん相応の対策は必要であり、決して注意しなくてよいと言っているわけではない。ただ、やたらと不安をあおるような情報や見解が多く流されているがために、色々な要素をバランスよく合理的に考えることができておらず、結果として、この三年間、必要以上に多くのものを失ってしまっているように、私には感じられるのである。

『徒然草』の中に猫又という人を食う猫の妖怪にまつわる話がある。ある法師が猫又なるものの存在を聞き、恐れて不安に思うあまり、夜遅くに帰宅している際、自分の飼い犬が飛びついてきたのを猫又が襲ってきたものと勘違いし、慌てふためいて小川へ落ち、持ち物を台無しにしてしまうというものである。様々な情報があふれかえる今、状況を冷静かつ合理的に判断し、行動していきたいものである。



PROFILEプロフィール

  • 松浦 典弘 教授

    【専門分野】
    東洋史

    【研究領域・テーマ】
    中国史/仏教/石刻史料