大谷大学文藝コンテスト

【小説部門】受賞作品

最優秀賞

『店内全品ニセモノです!』
井上 茜/大阪高等学校 第2学年

講評
はじめに、自らの名への違和が語られ、そこから自分の存在証明というテーマが、作品の軸に据えられ、物語が仕立てられていく。主題としては真新しさはない。むしろよくある。しかし、こうした普遍的なテーマであるからこそ、展開は容易ではない。「店内全品ニセモノの店」という舞台、設定が秀逸だ。そんなものなさそうで、むしろ今の世では、ありそうなリアリティが十分感じられる。状況設定、登場人物、その会話等、すべてにリアルに徹して周到な筆致で描かれている。単純な評価となったが、達意の文に圧倒された。この描写力で、さらに自在な世界を描いてほしい。
(詩人・文藝塾セミナー講師/萩原 健次郎) 

優秀賞

アイスクリーム座
宮本 幹大/舞鶴工業高等専門学校 第3学年

講評
「星は天にあるにあらず、人の心にこそふり注ぐ」や「一夜だけの天文台」など、タイトルの星座名とあわせて、とてもきれいなファンタジーに仕立てられている。物語のスタイルは、幻想的な体験の回想であるが、それらの緻密な描写が素晴らしい。ただ、スマホのメッセージで送られてくる送別会の話など、設定が少し回りくどく感じられた。その背景がどうも複雑で余計なのかもしれない。かつてのある日の、美しい幻想譚として語り尽くすことだけで、この作品の主題は、成り立つ。回想シーンの描写の中ですでに、作者の優れたセンスが十全に発露されているのだから。
(詩人・文藝塾セミナー講師/萩原 健次郎)

大谷文芸賞

二号車はどこへゆく
廣岡 香/創価高等学校 第3学年

講評
視点が章ごとに切り替わる群像劇形式は、読む分には楽しいところはあるが、書くとなると辻褄合わせや、各視点の人物を書き分けなければならないという点で難しい。それがよくできていた。それでいて、作品全体を覆うテーマとして、止まらない電車の中というシチュエーションと止まらない視点の切り替わりを被らせ、読者を引き込ませるという方法が非常におもしろい。電車での通勤、移動という日常の中で、人々は何を考えているのか、という作者の切り口は素朴さがありつつも、すれ違うだけの温度のない人間関係の中にある、確かな温かさのような味わいを感じられた。
(学生サークル 大谷文芸)

佳作賞

雪解け
與那覇 結琉/大谷高等学校 第2学年

犬と蛙と、鼠と鳶と
岡原 佑樹/白陵高等学校 第2学年

クラゲの手帳
髙柳 翠里/東京家政学院高等学校 第1学年

総評
佳作賞のどの作品も、それぞれ独得の世界を描いていて、興味深く読み、楽しめた。作品の優劣に明確な差はなく、創作への熱
度も力も、高いレベルであった。『雪解け』は、人の心理の機微を繊細に描いて優れていた。長編作の一部分としても短編としても成り立つ柔和で美しい心理劇。こういう文藝の妙に徹した作品を、以前から期待していた。ただ粗い形容表現も目立っていた。『犬と蛙と、鼠と鳶と』は、玄人好みとも言える時代小説だ。幾多の作品を読み込んできたであろう作者の読書量と豊富な力量が随所に見える。日本の文学史で何度も描かれてきた有名な義賊の話。ただ、このテーマを選んだ心根の部分が伝わってこなかった。『クラゲの手帳』は、ちょっとした奇想の物語で、面白く読んだ。時間がテーマなのだろう。不老不死の話や、禅の「前後裁断」の考え方なども想起する。 作品には、作者が語らざるをえない切実な根拠がある。それが、テーマとなり軸になる。読み進めていくうちに、その鮮明さが際立つ作品こそがより優れていると思う。
(詩人・文藝塾セミナー講師/萩原 健次郎)