教室のセンス・オブ・ワンダー

アメリカでいち早く、虫どころか鳥や人間までも殺しかねない化学物質の恐ろしさを告発したレイチェル・カーソンの遺作に『センス・オブ・ワンダー』がある。同書は昨年、出版六〇年を迎えたこともあり、書店や新聞で目にした方もおられるかもしれない。この本のなかで、ときに美しく、ときに崇高な世界に目をみはる新鮮な感性が「センス・オブ・ワンダー」と名づけられている。これは、哲学の始まりとしてプラトンやアリストテレスが言祝ことほいだ「驚き(古代ギリシャ語のタウマゼイン)」に通じていよう。世界に、存在に驚く心は大学の学びの出発点でもある。

でも、悲しいかな。私たちはこの心を、制度や競争、能力開発の中で殺していないか。私事で恐縮だが、毎週の英語の授業でも、ともすると授業時間の配分や授業プリントの消化に意識が向かい、英語を学び、教えるワクワクを忘れそうになっている自分を見出す。そのようなとき、近頃はカーソンさんの指摘を思い出している。彼女によると、子どものときに道端の小さな草花や虫、小石にもときめいたのは、それは子どもの背丈が低い分、大地に、小さきものに近かったからであるらしい。

学生の隣に座り、一緒に同じ問題をあれこれ考えていると、英語に純粋に向き合っている自己を取り戻せる。どんなに初歩的で小さなことにも、むしろ初歩的で小さなことだからこそあらわになる学問の深みにドキドキできる。難しいものは、「難しいなー」と言いたくなるし、ダジャレの一つも口から漏れてくる。気がつくと、高い教壇から話していたときにはシーンとしていた学生も打ち解けて、質問してくれる。どうやら教室のセンス・オブ・ワンダーは、問題につまずいてくれるワンダフルな学生の傍で生まれるらしい。

身を低めて、机に座っている学生の横に座る労をついついいとい、立ったままで、文字通り上から指導してしまう我が身をひそかに恥じる昨今である。

PROFILEプロフィール

  • 鳥越 覚生 講師

    【専門分野】
    倫理学/美学/ 宗教哲学

    【研究領域・テーマ】
    ショーペンハウアー/身体/無関心/挨拶