生成AIと人間への問い

昨年は、生成AIのサービスが始まり、そのかなりの実用性によって、汎用人工知能(AGI)が普及する将来への期待と不安がより現実的なものとなった。大学では、学生の主体的学びへの効果的利用が注目されるとともに、レポートや論文作成への利用を原則禁止する指針が出されもしたが、その影響について手探りの状況である以上、暫定的な対応にとどまらざるをえない。

生成AI自体にもいくつかの重大な問題点が指摘されている。生成AIが依拠する大規模言語モデルの学習データについては、どのようなデータをどこまでどのように用いるべきかについてなど、著作権や個人情報に関わるルールの見直しを要する課題が生じている。また、生成される情報の信頼性についても、「幻覚」と呼ばれる誤った情報の生成や、学習データに含まれる価値観や偏見(バイアス)の反映など、サービス提供者だけでなく利用者もまた十分に注意を払うべき弱点が明らかになっている。

しかしそうした状況でも、いったん完全に利用を停止して想定される問題点の解消や利用指針の整備をというわけにはいかないだろう。なぜなら、プロンプト(質問・作業指示)を通じた相互作用によって人間もAI側もともに学習し変成していく以上、利用を続けることでしか見えてこないことがらに問題の本質があると思われるからである。

ある面では人間を凌駕し、人間とは異なる学習方法と情報生成力をもった存在が登場したことで、わたしたちの社会は、人間の不確実性と可謬性かびゅうせいに加えて、従前の科学技術のそれとは別次元の新たな不確実性を抱えることになるのだろう。いずれにせよ、いま確かなのは、「意味の理解とは」、「コミュニケーションとは」、そして「人間とは」、という問いに、だれもが日常的に向き合う時代が来つつあるということであろう。

 

PROFILEプロフィール

  • 渡辺 啓真 教授

    【専門分野】
    倫理学

    【研究領域・テーマ】
    哲学・倫理学/生命・環境思想/情報と倫理