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今という時間

今という時間 - [253]

「過疎の村から 1. イノシシ」
加治 洋一(かじ よういち)

 村では時にイノシシ騒動がある。その中でもこの夏現れたイノシシ君は特に不運だった。丁度頑固爺さんが田んぼの手入れをしていたのである。鳥も獣も農家の仇敵。烏は悪さをする、ムジナは西瓜を食う、イタチは家禽を襲う。爺さんは日頃の恨みを晴らさんと鍬を振り翳してイノシシを追い回した。軽トラの下に逃げ込んだところをつつき出し、果ては土管にはい込んだイノシシに、あろうことかガソリンをかけて火をつけた。イノシシは七転八倒火を消して、命からがら山へと逃げ延びた。ヘタをすれば山火事になる所だが、爺さんはご満悦。その夕餉は、酒をあおりつつ武勇談に花が咲いた。
 明くる早朝。田んぼへ出かけた爺さんは吃驚仰天、顎ががっくり落ちた。爺さんの田んぼは見る影もない、何ヶ月もの丹精が一晩で根こそぎ消し飛んでいたのである。
隣の田畑は何ともない。改めて足下を見ればイノシシの踏み跡だらけ。されば、昨日のイノシシ君の復讐劇であることは明白。常日頃この爺さんと反りの合わなかった爺婆たちは、陰で拍手喝采。宴会は大いに盛り上がった。
 都会人の多くが懐く田舎のイメージは、〈自然が一杯〉〈動植物と触れあえる豊かな自然〉といったところであろう。しかし田舎人の多くにとって、鳥や獣どころか草も木も虫も世世生生の仇なのである。撲滅するためには除草剤・殺虫剤は当たり前。地面は可能な限りコンクリで覆う。理想は都会の管理された自然なのである。触れあいなんて僅かで良いのだ。これを身勝手と誰が非難できよう。

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