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今という時間

今という時間 - [233]

「先生、また逃げるぅー!」
芦津 かおり(あしづ かおり)

 卒業論文の提出期限が迫った昨年の暮れ、ゼミの学生が研究室に原稿を見せにきた。「こんなんで大丈夫?」不安げに尋ねる彼女に「うん、大丈夫」と答えた直後、思わず「・・・と思うけど、わからん、もう一息がんばり」とつけ足した。すると彼女の口からとび出したのが上の言葉だ。ドキッ。
  実際、この学生の論文はほぼ完成していた。にもかかわらず「わからん」などと無責任なことを口走ったのは、提出前にあまり安心させて万が一のことがあってはいけないという教員ならではの老婆心ゆえである—と当時は思っていた。しかし後から考えると、彼女の一言は、教員としての私の姿勢をいみじくも言い当てているように思われてならない。
  第4学年の学生達から、就職や人生について真剣な相談をよくもちかけられる。そんな折、私はいちおう自分なりの見解を述べるものの、最後には「人それぞれだから」とか「私は就職活動の経験がないから」とお茶を濁して、明確な意見の表明を避ける傾向にある。
  独断的な考えを押しつけたくない、学生の自主性を重んじたいという想いもあるが、実のところ、彼らの人生を左右しかねない決定的発言は控えたいという「逃げ」の気持ちが強く働いているのだ。
  大学のあり方が大きく変わりつつある今日、学問だけを教えていれば事足りるといった大学教員の姿勢は通用しなくなっている。学生の人生に関わることから無意識に逃げようとしていた私の首根っこを、学生のなにげない一言がつかまえたのであった。

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