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今という時間

今という時間 - [228]

「樹木樹人」
浦山 あゆみ(うらやま あゆみ)

 大谷大学へ着任してまもなく、校庭に大きな花梨の木があるのを発見し嬉しく思った。ピンクの花が咲き、やがて青い実を結び、その実が大きくなるにつれ、私の心も膨らんだ。いつ色づくのだろうとわくわくしながら毎日花梨の木の下を通 って研究室へ向かった。成熟したら花梨酒にして楽しもうと期待していたからである。しかし、毎年いつの間にか花梨の実はきれいに無くなっていて、私はいつも狐につままれたような気分に見舞われていたのである。
 何年か経って、或る女性教員が「あの実はね、休日に業者がもぎ取っていくのよ。あんな大きな実が落ちて学生の頭にでも当たってごらん、大変じゃない?」と教えてくださって、ようやく狐の仕業でないと解った。と同時に「何て管理の行き届いた学校なのだろう」と感心したのである。
  なるほど実のなる木は管理が面倒である。虫がつきやすいし、秋に落葉するものが多く掃除も大変である。更に、年によって実りにばらつきがあり、必ずしも苦労が報われるとは限らない。長い年月の経過を見るマクロの眼を持って育てていかねばならないであろう。人も同じである。中国では「十年樹木、百年樹人」という。日本でも「教育は百年の計」で知られる有名な成語である。
 めまぐるしい変化を遂げる現代では、十年一昔どころか、五年前でさえ昔のように感じてしまう。百年先のことなど想像もつかないが、今の時代、我々は目前の結実に囚われすぎてはいないだろうか。

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