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今という時間

今という時間 - [208]

「知り合うことと語り合うこと」
一色 順心(いっしき じゅんしん)

 私の通 っている大学は京都にあるが、数年前、琵琶湖のほとりに研修施設(セミナーハウス)をもつことになった。それ以来、時々、学生たちと出かけていって1泊の研修会を行い、夕飯にはバーべキューを楽しむこともある。京都の教室を離れて研修するのだから、彼らにとっては解放感が味わえるようだ。中には、夜通 し話し込んでいたために、眠らないまま朝を迎える学生もいる。
 今の時代、教員が講義し、学生が聴いてノートに筆記するという授業だけでは、大学教育がうまく機能しないのかもしれない。なぜなら、教員と学生、学生同士のお互いの距離が遠い状態のままになっているからである。
 グループの輪に入りきれない内気そうな人もいれば、だれとも応対できる話好きも混じっている。一夜を過ごすうちに、彼らの間の距離は確実に縮んでいくように思えた。毎年、琵琶湖に集った学生たちの姿を見るたびに、何よりもお互いが知り合い、語り合えるようになることが大切だと思うようになった。
 晩秋の小道を歩いていたとき、萩の小枝に触れたなと感じた瞬間、三角形状の細かな実が衣服に付着した。萩は、紅紫色の可憐な花を咲かせるとともに、一方では実を飛ばして繁殖しようとする植物であった。琵琶湖に集う学生たちの積み重なる歩みは、可憐な花がたくましさのある実となり飛び散っていくような営みなのである。

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