今という時間 - [196]
「ずいぶん本がありますね」
三木 彰円(みき あきまる)
研究室を訪れた学生に時々そう言われる。
置く場所にも困るほどの本を自分で眺めていると、それらがそこに並んでいる理由は様々である。今買っておかないと手に入らないという思いで買ったまま、いまだに開いていないもの、一度開いただけで眠っているもの。そんな中にも本当に大切だと思い繰り返し開く本がある。
本を買い、それを読むという営みは、もちろん知識や情報を身に付けるためである。しかし私たちは、そこで獲得したものに踊らされてしまうこともあるし、自らのおごり高ぶった生き方を正当化する根拠として利用してしまうこともしばしばある。そもそもなぜそれを必要とするのか、自分が生きることとの関わりのなかで考えてみなければ、知識や情報はかえって私たちの足もとをすくうものとなってしまう。
どうやら私は、繰り返し手に取る本から、そんなことを考えさせられているようだ。自分が生きる根っこをあやふやにしたまま、どれほど多くの事柄を積み重ねていっても、それは危ういもろいものにしかならないのだろう。自分の今の生き方を明らかにし、そこに確かな方向を指し示す言葉に出会ってこそ、本棚にたくさん並んだ情報が活きてくるのではないだろうか。
そんなことを思いながら学生に言う。「自分が繰り返し読む本をまず見つけないとね」。