今という時間 - [194]
「ブランド信仰」
芦津 かおり(あしづ かおり)
昨秋にはじまる一連の「田中さんフィーバー」には目をみはるものがあった。地味な努力を実らせ快挙をなしとげた田中耕一氏は、一夜にして国民的ヒーロー。その屈託のない笑顔と飾らぬ言動がお茶の間をくぎづけにしたのも無理はない。ただ戸惑いを覚えたのは、各種の団体が「われも遅れじ」とばかりに、受賞後の田中氏に名誉職・称号の類を次々と授与したことである。
いったん評価や名声が定まったものは、安心して絶賛し、追いかけ回すのに、「ノーブランド」である間は見向きもしない。田中氏に「××名誉賞」を与えるのは、彼の研究成果のゆえか、あるいは彼が身にまとう「ノーベル賞」という世界的ブランドのためかと尋ねたくなる。これでは品質も見定めずにブランド物を買いあさる日本人女性と本質的にかわりはない。
「田中さん 選んだ人にノーベル賞」。「サラリーマン川柳」優秀作の一つである。田中氏を見出した選考委員は、一定の学問的基準に従い、彼の研究を評価しただけのことであろう。しかし私達にとって、それはなかなか難しい。
ブランドの有無や世評にかかわらず自分の価値基準のみに従って、良いものを「良い」、美しいものを「美しい」と識別する力、そして、その判断に基づいて行動する自主性。そうした資質を身につけられれば、それこそ「ノーベル賞もの」であろう。という物言いの中にもすでにブランド信仰が入り込んでいる。皮肉な話だ。