今という時間 - [161]
「イギリス人の言語感覚」
村瀬 順子(むらせ よりこ)
イギリス人は見知らぬ人と会話を始める時に天気の話題を持ち出すことが多いそうだ。差し障りのない話題であるだけでなく、相手がどのような話し方をするかによってその人の階級や教育の程度を瞬時に察知できるからだと言う。
これをイギリス人の階級意識の表れと考えると閉鎖的に見えるが、彼らは自国の言語に対してそれだけ鋭い感覚と関心を持っているということだ。イギリスで社会的に尊敬される地位に就くためには洗練された話し方を習得することが不可欠であると言われる。そうした考え方は、文化としてのことばの継承と発展に大いに貢献しているに違いない。
ミュージカル『マイ・フェア・レディ』が、ロンドンの劇場で今なお人気を博していることも、彼らのことばへの強い関心を示している。下町の花売り娘イライザは、ヒギンズ教授の特訓を受けて強い訛りを矯正され、上流階級のアクセントをマスターし、遂に外国のプリンセスと噂されるまでになる。そこには上流階級への痛烈な皮肉が込められているのだが、言語学者ヒギンズ教授の主張は別のところにある。「シェイクスピアとミルトンと聖書」の言語である素晴らしい英語を次世代に正しく伝えるべきだという主張である。
翻って、日本語はどうだろうか。若者たちのことばの乱れが気になる今日、次世代にどのような日本語をどう伝えていくべきかを真剣に考える必要性を痛感する。