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今という時間

今という時間 - [121]

「愛 国」
河内 昭圓(かわち しょうえん)

 爆竹がけたたましい春節の間、休暇をさいわいに留学中の女子学生が一時帰国した。去年この欄で紹介した卒業論文の秀作『中国絵本事情』を書いた学生である。
 絵本を買っているかと問えば、あまり集めていないと答える。すこし前に比べれば、体裁は美しくなったものの、依然として文字・算数・道徳などの学習本が書肆の棚を圧倒する事情が、彼女の蒐集意欲を削いでいるのである。
 愛国ものも多いであろう、と誘いをかける。彼女は手帳を開いて備忘の記録を指し示した。「愛国主義教育読物」。北京の大きな書店にはみなこう標示したコーナーがあるという。異郷での生活が長いこの学生は、今時めずらしく愛国精神を体得している模様で、一般 にその精神が欠落している日本の世情を慨嘆して見せたが、さりとて、中国の地で愛国主義教育の氾濫を目の前にしては、興趣を損なうと眉を顰める。
 国家意識が稀薄であるところ、愛国精神は培養されない。今の日本に国家を認識できる若者がどれほどあるか。悲憤の嘆きを彼女とともにしなければならないが、にわかに国家意識と愛国精神の昂揚をはかる社会に転換することもなるまい。愛国主義は所詮国家エゴであるからである。日本が転換すれば、顰蹙(ひんしゅく)をかうどころか、世界に緊張が走るに違いない。
愛国に死にゆく人の話は感動的である。しかしそれは国家的利害を離れた美談に限られる。

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