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今という時間

今という時間 - [001]

「日暮れのサヨナラ」
門脇 健(かどわき けん)

 少年の日、日暮れに友達にサヨナラを言って別れた途端、独りぼっちの自分に気づいて、たちまち心細くなった経験がある。涙が出そうになるのを懸命にこらえながら家まで走って帰ったものだ。そんなとき、遠くに見えてきた家の灯りが、どんなに心強かったことか。しかし、成長するにつれて「家の灯り」はどんどん遠ざかり、心細さはますますつのる。そんなときには「圭子の夢は夜ひらく」などというとんでもなく暗い歌を口ずさむと、みょうに心が落ち着いたものだ。
 今、若者たちはこんな心細い日暮れも暗い歌も知らないヨとでも言うように、昼も夜も仲間と笑いあっている。その絶え間ない笑いは、それぞれの心細さや暗さを心の奥に封じ込めるための笑いでしかない。せめて、日暮れ時にはサヨナラを言って独りになり、心細さ暗さを長くのびた自分の影の中へ解き放て。暗い歌を口ずさめ。そうすれば、その影を縁取るやわらかな光が少しずつ見えてくるだろう。それは沈む夕日でも「家の灯かり」でもない。その光は、あの心細さを穏やかな自信に満ちた孤独に変容させる光だ。「ミネルヴァの梟が飛び立つ」とヘーゲルが言うのも、こんな日暮れだったのかもしれない。
 日暮れに決然とサヨナラを言って独りになる-しかし、これがなかなか難しい。

(宗教学・助教授)

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