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生活の中の仏教用語

生活の中の仏教用語 - [306]

少欲知足

「少欲知足」
兵藤 一夫(教授 仏教学)

 日本は、一九九〇年代前半にバブルがはじけて以来、成長は滞ったままであり、経済的には「失われた十年」などと言われ、日本社会全体が閉塞状況にあると言われてから久しい。さらに、一年前に東北の大地震や津波、福島の原発事故に直面した後、私たちは自らの生き方や社会のあり様を根本的に見直すことを余儀なくされている。

 その中で見えてきたのは、一九世紀初めのヨーロッパの進歩思想を根とする、「際限のない成長(特に経済におけるもの)や進歩(特に科学・技術におけるもの)」を基礎とした現代社会の根本にある価値観に対する疑問である。「際限のない成長や進歩」という考え方は、私たち人間を無限の可能性へと突き動かす原動力ではあるが、実際は欲望の本性とも相俟って止まることのない卑近な「もっと、もっと」の欲望を生み続け、いつも現状に満足しない状況を生み出していたのである。

 仏教は、欲望に内在するこの「もっと、もっと」という本性に気づき、先ずそれを止めるために「少欲・知足」ということをもって、生きる出発点としてきた。「少欲」とはいまだ得られていないものを欲しないことであり、「知足(足るを知る)」とはすでに得られたものに満足し心が穏やかであることである。唐の時代の代表的な仏教僧である玄奘(げんじょう)は「知足」をさらに踏み込んで「喜足(足るを喜ぶ)」と訳し、「少欲・喜足」とする。このほうが内容に適った訳語ではあるが、一般には「知足」が受け入れられている。

 私たちは、物や知識や名誉・地位などの中、すでに得ているものに対してはもっと良いもの、もっと多くのものを欲しがり、いまだ得ていないものに対してはそれを得ようと欲する。したがって、欲望とは現状に満足しないことと表裏の関係にあり、逆に言えば、満足を知り、喜ぶことによってこそ欲望が減少するのである。「少欲知足」と言われる所以である。

 「少欲知足」は、これまでは何か高徳でストイックな生き方を示す語として敬遠される傾向にあった。しかし、成長や進歩を考え直さなければならない今こそ、自分自身や社会が真剣に受け止めるべき語であろう。

(『文藝春秋』2012年4月号)

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