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生活の中の仏教用語

生活の中の仏教用語 - [296]

夜叉

「夜叉」
沙加戸 弘(教授 国文学)

 平清盛によって鬼界島(きかいがしま)に流された平康頼が赦されて後、撰集した仏教説話集『宝物集』の、邪淫を戒めた一段に、男子修行者の立場から女人を評して、

外面似菩薩(げめんはぼさつににて) 内面如夜叉(ないめんはやしゃのごとし) これは涅槃経の文なり
とある。

 男の憶病と不遜が読めるが、現代から見れば、心の変容によって同じものが全く異なった姿に見えることを表現した文言、とも解けよう。

 「これは涅槃経の文なり」と記され、別の伝本には『華厳経』とするものもあるが、いずれの経典にもこの文言はない。

 本来夜叉は、仏法を守護する天龍八部衆の第三に数えられ、毘沙門天の眷属とされる。一方『大吉義神呪経』等には、精気を奪い人の肉血を食とする獰悪の鬼類、と説かれる。

 しかしながら平安朝以来、巷間に伝わった夜叉は「人の肉血を食とする」という後者が主であった。

 とりわけて近代、世間にその名を膾炙せしめたは尾崎紅葉畢生の名作『金色夜叉』であろう。

 『金色夜叉』は鴫沢家の一人娘宮が、富貴に心傾け、婚約していた間貫一を捨てて資産家富山唯継に嫁いでしまう。「この恨の為に貫一は生きながら悪魔となって」、非情な高利貸となる、という物語である。

 特に広く知られているのは、前篇の第八章、熱海の海岸における貫一お宮の別れの場面であろう。

 紅葉は「愛と黄金との争いを具象的に」表現せんとしたものである、と述べている。そのわかりやすさと名文とが相俟って早くから評判となり、徳冨蘆花の『不如帰(ほととぎす)』と共に、覗機関(のぞきからくり)の好材となった。また、昭和二十年代・三十年代の運動会には、仮装行列がつきものであったが、その中には必ずと言ってよい程「貫一お宮」の姿があった。

 黄金に心奪われし者は夜叉なり、と紅葉が喝破した如く、夜叉は人の姿である。奪われてはならぬものに心奪われた者が夜叉ならば、現代の我々もまた、その大小は問わず、内心に夜叉を養う者に違いない。

 我は夜叉を養う者、という事実だけは、忘れずにいたいものである。
(『文藝春秋』2011年6月号)

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