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生活の中の仏教用語

生活の中の仏教用語 - [290]

隠元

「隠元」
沙加戸 弘(教授 国文学)

 現代生活の中では、惣菜に用いる豆の名として知られる。しかしこの名は、日本仏教史において、否日本の文化にとって、忘れてはならぬ禅の高僧の名である。豆の名は、彼が中国からもたらした、という伝えに由来する。

 名は隆琦(りゅうき)、隠元はその字である。中国福建省の黄檗山萬福寺の住持として、臨済の正脈を伝えた。

 承応三年、長崎興福寺の逸然の請によって錫(しゃく)を長崎に移し、次いで摂津普門寺、江戸天沢寺へと移った。万治三年将軍家綱、隠元のために寺地を山城宇治に寄進、以て一寺を興さしめた。中国の本寺に擬して、寛文三年に開堂されたこの寺が、現存する宇治黄檗山萬福寺である。以後長く萬福寺は、中国から来日した僧によってその宗が伝えられた。

 因みに黄檗は、薬用植物「黄膚」(きはだ)の漢名である。本寺山中にこの木の多い故に山の名となったと伝える。

 宇治黄檗山萬福寺開創によって、明の文化が日本に流入した。標題の豆もその一つである。

 また、漢字に新しい音が加わった。一を「ピン」、東を「トン」と発音する明の音が、最も新しく請来された漢字音である。

 一方、宇治は古くから茶の産地であったが、萬福寺開創以後はその栽培が盛となり、庶民の中に煎茶を楽しむ風習が広まった。

 今一つ、忘れてはならぬものは、彼が中国からもたらした大蔵経である。これは、明の萬暦四十二年、黄檗山萬福寺に下賜されたものの副本である。大蔵経とは、経典を始めとして、仏法に関わる一切の書物の意で、別に一切経とも称する。

 この明の萬暦版大蔵経を元版(もとはん)に、隠元の弟子鉄眼道光によって発願され、寛文九年から天和元年に至る十三年の歳月をかけて印刻・出版されたのが世に謳われる鉄眼版一切経である。

 一枚の紙に二十字二十行、四百字の原稿様式は、本邦においてこの鉄眼版一切経に始まる。今、眼にする明朝体もまた、この一切経を濫觴(らんしょう)とするものである。

 豆をみて活字を想うことは難しいが、その由来を考える余裕は持ちたいと思う。

(『文藝春秋』2010年12月号)

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