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生活の中の仏教用語

生活の中の仏教用語 - [275]

流転

「流転」
沙加戸 弘(教授 国文学)

 万物は変化してとどまることがない。この事実を、水を素材として大絵巻に昇華させたのが日本画家横山大観の『生々流転』である。

 五十五歳という身心共に充実の極にあった大観が、大正十一年に渾身の力を込めて描いたこの大作は、四十メートルという壮大な絵巻であるにもかかわらず、寸分の隙もなく見る者を圧倒する。

 大気から生れた一滴の水が、川となり海となり、遂には龍となって昇天、再び大気に同化するという具象性と、その命名に象徴される普遍性とを融合させた恐ろしいまでの力量に身震を覚えるのは筆者一人ではあるまい。

 「流転」とは、仏法の把えた万物のすがたである。とりわけ我々有情が、三界六道というあらゆる世界の中で、生れかわり死にかわって、迷いの生死を続けるすがたを把えたものである。輪廻とも流転生死とも言い、『六波羅蜜経』巻八には、

生死海に流転す
とあって、迷いの世界を海に譬えることもまた仏法の伝統である。

 この三界の流転輪廻を断ち切って、仏法に入ることこそ我々の本意であると仏法は示す。

 『平家物語』維盛出家の段には、
流転三界中 恩愛不能断 棄恩入無為 真実報恩者と 三べん唱へ給ひて ついにそりおろして給ひてげり
とある。前半は『清信士度人経』中の偈で、三界に流転するうちは恩愛の虜である。出家して無為に入ることにより、真実全ての恩に報いることができる、との意で、出家得度の儀式には今も用いられる。

 しかし、「ものみなうつりかわってゆく」という時、我々現代人の眼は外を向き、「ものみな」の中に自分自身は入ってこないことが多い。仏法のことばから日常語になったとき、流転の語は相対化されたということになる。今、「流転するものとしての自己」という本義に立ちもどらねばならない時であると考える。

 冒頭に述べた大観作『生々流転』の、人間技とも思えぬ迫力は、恐らくこの作が彼の自叙伝である、という点に由来するものであろう。

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