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生活の中の仏教用語

生活の中の仏教用語 - [274]

機縁

「機縁」
木村 宣彰(学長・教授 仏教学)

 人間は一人では生きられない。そこで「これも何かの御縁です」、「これを機縁に」と言い、人とお付き合いをしながら日々暮らしている。ただ一度のお付き合いもあり、何度も顔を合わせる場合もある。人生において出会いの回数は必ずしも問題ではなく、僅かな値遇であっても、それが縁となって開眼し、人生の方向が定まることもある。

 柳生家の「家訓」は、人生における〈縁〉の大切さを教えている。
 小才は縁に出会って縁に気づかず。
 中才は縁に気づいて縁を活かさず。
 大才は袖振り合って縁をも活かす。

 この「家訓」の精神は、人を活かす柳生の「活人剣」に通じるものであろう。

 現代に生きる我々は、人として大切な〈縁〉に思いを廻らすこともなく生活に追われて人生を過ごしている。我々は自分独りの力で生きているのではなく、様々な〈縁〉によって生かされて生きている。このことに気づき感謝して生きることが、人間の〈生活〉である。  

 仏教でいう〈機〉とは〈縁〉に遇えば発動する人それぞれの可能性のことであるが、柳生の「家訓」にいう小・中・大の「才」のことと解してよい。仏教では、人の素質や能力、あるいは根性のことを〈機〉と称しているが、各自の〈機〉と様々な〈縁〉との絡み合いによってそれぞれの生き方が定まる。

 大乗経典の『金光明最勝王経(こんこうみょうさいしょうおうきょう)』には「その器量に随い、善く機縁に応じ、為に法を説く」と説いている。仏は教えを受ける相手の〈機〉を見通し、それぞれの〈縁〉に応じて説法される。仏の説法も〈機縁〉によるので「対機説法」といい、医師が病に応じて薬を与えることに喩えて「応病与薬」ともいう。親鸞の説く「悪人正機」は、人の宗教的な〈機〉の自覚と、それに応ずる仏智のはたらきを示す言葉である。

 仏の教えは、それを聴く〈機〉の熟・未熟によって受け止め方が異なってくる。衆生の〈機〉が熟していなければならないが、逆に〈縁〉に恵まれなければ、俗に〈縁なき衆生は度し難い〉ということになるのであろう。人生は不思議なものであるが、〈縁〉もまた異なものである。

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