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生活の中の仏教用語

生活の中の仏教用語 - [254]

神通力

「神通力」
宮下 晴輝(みやした せいき)(仏教学 教授)

 神通とは、不思議なはたらきを現わすことである。神とは霊妙な力のことであり、通(つう)とは智慧を意味する。仏教では智慧によって神通がそなわるものとされる。しかし一般には呪術によってもなしとげられると考えられてきた。
 また神通は神変(じんぺん)ともいわれる。不思議な力によって奇跡を現わすことである。古代インド以来、奇跡を求める民衆の情念が生みだしてきたものといえよう。
 飛行する、水上を歩く、壁を通り抜ける、火をふく、雨を降らせる、あるいは壮大なものでは他の宇宙世界の最高峰須弥山(しゅみせん)に縄をかけて引きずり寄せた目連尊者(もくれんそんじゃ)の話まで、さまざまに物語られる。
 釈尊が示した奇跡を伝えるものはきわめて少ない。釈尊に仕えていたスナッカッタは、奇跡を示してくれないという理由で釈尊のもとを去っていった。また、奇跡を示せば町の人びとはさらに尊敬するだろうからと頼まれたとき、「神変には害がある。それよりも人びとを真実に導く教化こそが奇跡なのだ」と釈尊は説いている。まことに健康である。
 このことを、大乗経典の『維摩経(ゆいまきょう)』では次のように説いている。釈尊が病いをわずらったとき、お世話していたアーナンダは、牛乳がいいだろうと町家の戸口に立っていた。そこにやってきた維摩詰(ゆいまきつ)は、わけを聞いてアーナンダを叱責する。「ここから立ち去れ。われらにはずかしめをうけさせるな。外道(げどう)たちがこれを聞いたら、自分の病を救うことができないのにどうして他者を救うことができるのか、そんなものは師ではない、と思うではないか。早く去れ。仏陀の身体は金剛(こんごう)の身体だ。何の病いにかかろうか」と。
 釈尊の肉体しか見えないアーナンダに、維摩詰は<釈尊は金剛の身であり病を離れた存在である>と説く。この事実は、生半可な神変以上の驚きであり、覚醒の契機ではなかったか。このようなものこそ神通力であると経は説いている。
 さて、日本での神通力は、失ってはじめて気がつくものだ。気づいたときには速やかに地位を去る。これがこの地の健康な社会通念だろう。

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