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生活の中の仏教用語

生活の中の仏教用語 - [249]

食堂

「食堂」
沙加戸 弘(さかど ひろむ)(国文学 教授)

 学生食堂は、学食と略称され、大衆食堂は、やゝ古色を帯び、食堂車は運行時間の短縮によって姿を消したが、「しょくどう」とよめばこれはたしかに現代日常用語である。
 「しょくどう」のよみは明治以後のことになる。学校教育制度の充実に伴い、青雲の志を立てた若者が、故郷を出て各地の高等学校・大学に学んだ。遊学の若者に寄宿舎・学寮は必須のものであったが、この寄宿舎における食事室を食堂と称した。後、邸宅の食事室や食事を供する店をも呼んだが、特に関東大震災以後、東京では比較的安価に食事を提供する店が急激に増加し、これを大衆食堂と称した、とものの本にある。
 明治以後のことはともかく、食堂はもと「じきどう」とよみ、寺院において修行する大衆( たいしゅ) の食事を行う堂宇( どうう)をさすことばであった。
 古くインドにおいても、中国においても、食堂は僧衆の威儀を整すところとされ、食堂における行状は、僧衆風儀の一切全てを表する、とされた、まことに重い意味を持つ場であったのである。
 日本においては、奈良朝の東大寺・興福寺・薬師寺等にこの堂があったと記録に見えるが、平安朝中期以降は食堂の制度が改められて徐々に廃され、鎌倉時代に渡来した禅宗においてのみ、食堂は「僧堂」と呼ばれてそのはたらきと意味を現代に伝えている。
 「食堂( じきどう) 」と「食堂( しょくどう) 」の違いはまことに歴然としたもので、食堂( じきどう) には本尊を安置する。中国では、賓頭盧尊者( びんずるそんじゃ) あるいは僧形文殊の像を安置し、南都興福寺では丈六の千手観音を本尊とした、とある。
 これは、仏教は生活そのものである、食事はいのちの場である、という認識を仏教が持っていることを意味する。我々は一分一秒たりとも、他のものの命を奪うことなしに生存することはできない。「いくら動物性のものを使わなくとも、播いて芽の出るものを使うなら、それは厳密な意味では精進料理とは言えない」という説を聞いたことがある。
 今の世、今の時、日常生活の中においても、食事はいのちの場であると再認識したいものである。

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