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生活の中の仏教用語

生活の中の仏教用語 - [234]

虚仮

「虚仮」
浅見 直一郎(あさみ なおいちろう)(助教授 東洋史)

 かつて一世を風靡した野球漫画、巨人の星の一場面。主人公・星飛雄馬の投じた「バットを狙う魔球」大リーグボール一号は、オズマ選手の「見えないスイング」によってストライクゾーン中央におびき寄せられ、満塁ホームランを浴びる。なぜサインを無視して真ん中に投げた、と詰め寄る森捕手に対し、飛雄馬は今の球がサイン通り大リーグボールだったことを告げる。事情の判らぬ森捕手は激怒して「きさま他人をこけにするかあ!」と叫ぶ。
 「こけにする」はもちろん「バカにする」という意味で、地域によっては「こけ」単独でも使われる。しかし、これは本来の意味ではない。
 虚仮とは「真実に反しいつわりであること」あるいは「からっぽで実体が無いこと」を言い、『維摩経』や『観経疏(かんぎょうしょ)』に見えている。もっとも、中国では古く紀元前の『墨子』に用例があり、その後も文学作品や歴史の文献で使われ、現代に及んでいるから、必ずしも仏教だけの言葉というわけではない。しかし、日本ではもっぱら仏教語と意識されていたことは、キョカという漢音ではなく、コケという呉音で読むことからもうかがえる。
 日本における最古の用例は、聖徳太子の伝記『上宮聖徳法王帝説(じょうぐうしょうとくほうおうていせつ)』で、「世間虚仮、唯仏是真(世間は虚仮にして唯だ仏のみ是れ真なり)」という太子の言葉の中に見えている。ここでは明らかに空虚、からっぽ、という本来の意味で用いられている。
 愚か者の意味で使われた最古の用例は、江戸時代初期の笑話集『醒睡笑(せいすいしょう)』
の中にある。しかし、松本修氏の『全国アホ・バカ分布考』(新潮文庫)では、方言の分布状況も考慮に入れて、室町時代にはすでに流行していたと推定されている。
 それにしても、聖徳太子のお言葉に使われたこの語は、いかめしい感じがする一方で、どこかユーモラスな響きももっている。この語を初めて転用して、おそらくは気の置けない友人を「おい、カラッポ君」とからかったのは、いったいどこの誰だったのであろうか。

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