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生活の中の仏教用語

生活の中の仏教用語 - [226]

葛藤

「葛藤」
木村 宣彰(きむら せんしょう)(仏教学 教授)

 智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。
 よく知られた『草枕』の一文であるが、ここで漱石は心の中で異なる思いが衝突し、悶着を生じ、いずれを選ぶべきかに迷うのが人間であることを如実に語っている。このようなことは誰しもが経験することだろう。その究極は「生か死か、それが問題だ」というハムレットの有名な独白であろうか。どちらを選ぶべきかと思い迷うことや、人と人との間の確執や抗争で苦悩することを〈葛藤〉という。
 ところで、二つの気持ちが対立する状態を、なぜ葛(かずら)と藤(ふじ)との二文字で表記するのであろうか。葛も藤も樹木に絡み付くツル草で、このツル草が縺(もつ)れて解けない状態が〈葛藤〉である。実はこのような意味で〈葛藤〉の語を用いたのは仏教経典である。ツル草の葛や藤が生い茂り、錯綜すると縺れて解き放つことができないように、私たちを悩ませる貪欲や愚痴などの煩悩は容易に断ちきることは出来ないと教えている。『法句経』には「愛結〔煩悩〕は葛藤の如し」といい、『出曜経』には葛藤が樹木にまといつき、樹を枯らすように「愛綱〔愛欲の綱〕に堕する者は、必ず正道に敗れ、究竟に至らず」と説き、煩悩を〈葛藤〉に譬えている。
 後の世になると仏典の難解な文字言語や、その難しい言句にとらわれて議論が尽きないことを指して〈葛藤〉といい、その論議を断ちきるのを〈葛藤断句〉と称している。
 要するに、仏典では、正しい道理の理解を妨げ、仏道修行の邪魔になる煩悩を、樹木にまとわりつき、やがて枯らしてしまうツル草の葛や藤に譬えている。
 仏教は、私自身の心の在り様を問い、人間一般の心を客観的に論じる西洋の心理学とは異なる。その心理学において、conflict(葛藤)という概念を用いたのはフロイトである。西洋近代の学術用語の訳語に東洋の古い仏教用語が用いられている。
 洋の東西を問わず、昔も今も、人は葛藤のツル草から逃れられないようである。

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