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生活の中の仏教用語

生活の中の仏教用語 - [203]

焼香

「焼香」
佐々木 令信(ささき れいしん)(教授 平安貴族の世界・日本仏教史学)

 現在、焼香といって思い浮かべるのは、お通夜や葬儀に参列したときのことではないだろうか。何回したらいいのだろうかとか、喪主にあいさつをしてからだろうかとか、そうした死者に対面する場の作法の一つとして、焼香はとらえられている。
 焼香とは、梵語dhūpagandhaの訳で、焚香・捻香ともいい、諸種の香を燃焼することをいうが、もとはインドで高温による体臭などの悪臭を除くために香料を焚いたり、身体や衣服にぬったりしたものが、仏教でも仏の荘厳のために行われるようになったものといわれる。荘厳というのは、梵語では、みごとに配置されていること(vyūha)や、美しく飾ること(alamkāra)をいう。そして、仏教とともに日本にも伝えられた。
 『日本書紀』皇極天皇元年(六四二)の旱魃に際しての事例が古く、『日本書紀』天智天皇十年(六七一)十月二十三条には、後に大海人皇子と皇位を争うことになる大友皇子が、内裏の染殿の織物の仏像の前で、「手に香鑢を執りて」誓いを立てたことがみえている。また、鎌倉前期の仏教説話集『宇治拾遺物語』では、静観僧正の祈雨に関する験力(げんりき)として静観が「北向に立て香炉とりくびりて、額に香炉をあてて、祈誓」したところ「香炉の烟、空にあがりて、扇ばかりの黒雲に」なり雨がもたらされたという話をのせている。そこでは、香炉から立ちのぼる烟は、天を感応させる重要なファクターとしての意味をもたされている。
 また『法華経』では十種供養(華・香・瓔珞(ようらく)・抹香・塗香・焼香・蓋(ぞうがい)・幢幡(どうばん)・衣服・伎楽)が説かれ、密教では六種供養(閼伽(あか)・塗香・華鬘(けまん)・焼香・飯食・灯明)が説かれるなど、仏への荘厳の一つとして焼香が数えられている。
 このように、焼香は、仏の荘厳の重要な要素としての意味をもつものである。葬儀に際しても、死者を諸仏のひとりと意識して、始めて意味を持つといえる。単なる作法とする考えは、仏教が葬式の道具と化し、俗世の社会のなかで、仏の世界が見失われかけていることを象徴しているといえるだろう。

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