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生活の中の仏教用語

生活の中の仏教用語 - [186]

菩提

「菩提」
一郷 正道(いちごう まさみち)(教授・仏教学)

 「菩提」を冠した言葉、表現は多い。たとえば、釈尊は、或る木の下でさとられたからその木を「菩提樹」というが、その木は、ピッパラ樹かアシュヴァッタ樹であったといわれる。有名なシューベルトの歌の「菩提樹」は、ドイツ語「リンデンバウム」の訳で、別種である。「菩提心」は、さとりを求め仏道に進む心のみならず、すべてのものを救済しようとする誓いの心をも意味する。「菩提薩(さった)」は、さとりを求める求道者(菩薩)である。
 「菩提」を用いながら本来の意味が消失、誤用されている場合もある。「菩提寺」は、墓があり、仏事をやってもらう檀家関係にある寺の意となって、さとりを得るための道場の意はうすい。「菩提を弔う」にいたっては、菩提が死者の霊の意で使用されており誤用も甚だしい。「菩提達磨(だるま)」は、「ボーディダルマ」の音写で、中国へ禅を伝えた偉大な禅師をさす固有名詞である。
 「菩提」は、パーリ語、サンスクリット語の「ボーディ」(Bodhi)の音写であり、智、覚、道と漢訳されるが、仏教のさとりのことである。さとりは、貪り、怒り、愚かさに代表される煩悩が除かれた心境とされるが、智慧をともなうものでなければならない。煩悩が消滅するだけでさとりといわれるならば、無欲恬淡(てんたん)な人は大半さとった人となるかもしれない。しかし、ものを正しく見る目もそなえていなければさとりの境地に達した人とはいえない。
 そもそも「ボーディ」は、目覚めること、知ることを原意とする。何に目覚めるかといえば、縁起の道理にである。縁起の道理とは、ものごとはすべてさまざまな原因や条件に縁って起こる、という相対性の理論である。この道理を理解する智慧によって開かれるのが、さとりである。すべては縁起したものであるから、時間的に変化するものであり(無常)、不変に存在し持続するものはなに一つない(無我)。ところが、人間は、本性として縁起の道理に背いて、無常なものの上に常住性を期待する。しかし、縁起無常だからその期待は裏切られる。そこに苦が生ずる。その苦を除くために菩提を求めるのである。

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